2015年4月18日土曜日

妊娠確率の話

ヒトは妊娠しにくい生物


自然界の生物にとって、セックスは子孫を遺すための行為です。
セックスによる妊娠確率が高いほど、種の保存には有利です。
そのため、多くの動物は1度のセックスでほぼ100%妊娠します。
しかも、動物の多くには発情現象が見られます。
発情現象は妊娠効率を高めるものです。
ヒトには発情現象もありません。
ヒトは妊娠効率を高める仕組みを失った、特異な生物です。

妊娠確率についての研究


妊娠確率についての科学的研究はウィルコックスによってなされました。ウィルコックスの1995年の論文は、今でも引用される古典的研究です。
Wilcox AJ,Weinberg CR,Baird DD. Timing of sexual intercourse in relation to ovulation: effects on the probability of conception, survival of the pregnancy and sex of the baby. N Engl J Med 1995;333:517–521.
  「ピルとのつきあい方」旧版では、ウィルコックスの新しい論文を公刊とほぼ同時に紹介したことがあります。
ウィルコックスの1995年論文は妊娠確率についての基本文献ですが、不思議なことに日本ではウィルコックス説を無視する言説が幅をきかせています。
ウィルコックス論文は規模が小さいなどの難点はありますが、この論文で明らかにされた知見を否定する研究はなされていません。

6日間のウィンドウ


ウィルコックスによると、月経周期の中で妊娠可能なのは、排卵日を含む6日間と言います。
ウィルコックスの研究を以下に示します。
排卵日、排卵日前日、排卵日前々日の3日間は3割強の妊娠確率です。
その前の3日間は1割前後の妊娠確率です。
ヒトには発情期がありませんから排卵を予想できませんが、
もし予想できたとしても妊娠確率は3割強であり、動物と比べるとヒトは妊娠しにくい生物です。

精子の寿命は1週間と考える


ウィルコックスの研究が示している精子の寿命(受精能力)は6日間です。
「ピルとのつきあい方」は一貫して精子の受精能力は1週間としてきました。
排卵は排卵日の正午の時報とともに起きるのではありませんから、
その誤差を考慮すると7日間は受精能力が保持されると考えた方が無難だからです。
これは私の発明ではなく、ウィルコックスの研究を参照した欧米の性教育でそのような説明がなされていたので、それを踏襲しただけです。
ところが不思議なことに日本では、精子の受精能力は3日だという説が広まっています。

妊娠確率を上げることはできない


妊娠に最適のタイミングでセックスがなされた時、妊娠確率は3割強です。
それでは、セックスの回数を増やせば妊娠確率は上がるのでしょうか?
たとえば、排卵日と排卵日の前日、前々日と3回セックスすると、
妊娠確率は3倍になるのでしょうか?
答えはノーです。
3割強というのはヒトという生物の妊娠能力を示しています。
セックス回数で妊娠確率を上げることはできません。
3回セックスしても、妊娠確率はやはり3割強です。
ハネムーンベビーを望んでも3割強以上の確率にはなりません。

セックス頻度と妊娠の関係


セックスの頻度はカップルにより相当大きな違いがあります。
セックスの頻度と妊娠の可能性にはどのような関係があるのでしょうか。
ウィルコックスの示しているデータを下の表のように単純化して、
シミュレートしてみましょう。

月経周期01~0910111213141516~28
妊娠確率
0
111111353535
0

表は28日周期の女性では、ピンクで示した妊娠確率11%の日が3日、赤で示したむ妊娠確率35%の日が3日あることになります。

 2日に1度の頻度で性交渉がある場合、下の表のように赤で示した妊娠確率35%の日に少なくとも1度は性交渉がもたれることになります。

2日に1度の頻度
月経周期0910111213141516妊娠確率
パターン1 × × × ×35
パターン2× × × × ×35
合計35

したがって、1月経周期中の妊娠確率は35%になります。
性交渉が毎日であっても、3日に1回であっても、妊娠確率は35%で違いはありません。

性交渉頻度が4日に一度の場合はどうでしょうか。
下の表に示すように、妊娠確率は35%となる事もあれば、11%となる事もあります。
各パターンの頻度は同じなので、性交渉頻度が4日に一度の場合の妊娠確率は29%となります。
4日に一度の頻度でも、それほど大きく妊娠確率が低下することはありません。

4日に1度の頻度
月経周期0910111213141516妊娠確率
パターン1 × × × × × ×35
パターン2× × × × × ×35
パターン3× × × × × ×35
パターン4× × × × × ×11
合計29

さらに頻度が低下し7日に1度の頻度の場合、1ヶ月間の妊娠確率は19.7%になります。

7日に1度の頻度
月経周期0910111213141516妊娠確率
パターン1× × ×× × ×
パターン2× × × ×× × ×11
パターン3× × × × ×× ×11
パターン4× × × × × ××11
パターン5×××××××35
パターン6×××××××35
パターン7×××××××35
合計19.7

レイプによる妊娠確率は4.9%


上で用いたシミュレーションを28日に1度の頻度にしてみましょう。
妊娠確率0%のパターン1とパターンの日が22日あります。
月経周期28日の中の任意の1日だけ性交渉があった場合の妊娠確率は、4.9%となります。
この4.9%はレイプによる妊娠確率の理論上の数値です。
(実際は精神的ショックが排卵を誘発することがあるため、4.9%よりやや高くなります。)

28日に1度の頻度
月経周期01~0910111213141516~28妊娠確率
パターン1× × ×× × ××
パターン2× × × ×× ××11
パターン3× × × × ×× ×11
パターン4× × × × × ××11
パターン5×××××××35
パターン6×××××××35
パターン7×××××××35
パターン8×××××××
合計4.9

緊急避妊効果の算定数値


緊急避妊の説明では、緊急避妊しない場合の妊娠率を8%とし、緊急避妊により妊娠率を2%まで低下できるとしています。
この説明の緊急避妊しない場合の妊娠率8%については、問題視する考えがあります。
緊急避妊研究の第一人者であるTrussell, Jもその一人です。
妊娠率8%は、次の月経直前とか妊娠リスクの低いケースでは緊急避妊を受けないだろう、
との前提で考えられた数字です。
つまり、生理中や次の生理前の10日ほどの間に避妊失敗があっても、
緊急避妊は受けないとの前提に立っています。
しかし現在、避妊の失敗があれば、生理周期のどの日であるかに関係なく緊急避妊を考慮するよう推奨されています。
そうであれば想定妊娠率の8%は高すぎるのではないか、
との疑問が出るのは当然です。

妊娠確率ゼロの日はない


ウィルコックスは1995年の論文で、月経周期中妊娠可能性のあるのは6日間だけであることを示しました。
排卵日があらかじめ分かっていれば、この6日間以外の日は妊娠確率ゼロということになります。
しかし、実際には排卵予定日に必ず排卵があるわけではありません。
排卵の実際に起こる日は予測不可能なのです。
ウィルコックスは2000年の論文で、妊娠可能な6日間が月経周期のどこで生じているのかを明らかにしました。
その結論を一言で言えば、妊娠確率ゼロの安全日はないとなります。
ウィルコックス2000年論文が出された直後に、「ピルとのつきあい方」旧版はその論文の抄訳を掲載しました。