2015年5月26日火曜日

堕胎罪廃止を唱えるフェミニズムの質--ガラパゴス化したフェミニズム

 

堕胎罪廃止論はもっともそうな主張


まず、SOSHIREN女(わたし)のからだからというグループの「― やっぱり生きていた堕胎罪 ―「堕胎罪で書類送検」に抗議する!」を読んでみて下さい。
「産めないと追いつめられ、薬を飲んで出血した女性を、誰が、なぜ、罰することができるのだろうか」と問いかけています。
この問いに対する答えは、当然誰も罰することはできないになります。
したがって、書類送検に抗議するのは正当なことです。
起訴が不当であるとすれば、起訴を可能にしている法律に問題があると考えることができます。
刑法は堕胎罪を設け、212条には自己堕胎の罪を規定しています。
自己堕胎の罪に問われるのは女性だけです。
女性だけが罪に問われるのは、男女平等に反するのではないか。
そのように考えれば、堕胎罪は廃止すべきだとなります。
頭で(観念的に)考えれば、堕胎罪廃止の要求はもっともな主張に見えます。
2010年にはSOSHIRENなどが、堕胎罪撤廃100万人署名の運動を行いました。
その運動のブログには、賛同人の名簿が掲載されています。
そうそうたるメンバーです。
堕胎罪廃止運動は長年にわたって継続されており、
フェミニスト界隈に広く浸透しています。
堕胎罪廃止に異議を唱えた「フェミニスト」を私は知りません。

中絶合法化と何だったか


堕胎罪廃止を唱える「フェミニスト」の皆さんは、
中絶合法化の歴史を当然ご存じだと思います。
日本では1948年に優生保護法が施行されました。
優生保護法は世界に先駆け中絶を事実上公認したものですが、
人口政策(人口抑制・優生学)のための立法で諸外国の中絶合法化とは性質を異にしています。
欧米諸国では1970年代前後に中絶が合法化されます。
中絶の合法化が行われる最大の要因は、
闇堕胎の存在でした。
立法で堕胎が禁止されていても、
堕胎を必要とする女性は必ずいます。
それは日本でも欧米でも同じでした。
闇堕胎にはいくつかの問題点がありました。
1つは、闇堕胎はしばしば安全性に欠けるものでした。
2つは、闇堕胎の中には法外な代金を請求する者がいました。
3つは、当事者女性の心理的負担(罪の意識)が大きいものでした。
中でも安全性の問題は重要で、命をかけなくてはならない理不尽さの問題が、
中絶合法化の最大の要因でした。
中絶合法化後の人口統計で出生数の大きな落ち込みは見られず、
中絶合法化は闇中絶を合法化したものに過ぎないことを示しています。
つまり欧米における中絶合法化の意味は、中絶の安全化でした。
長年にわたる女性の身体・生命の犠牲の上に実現したのが、
欧米の中絶合法化です。

安全な自己堕胎はない


上に述べたような歴史的経緯からすれば、
中絶の権利とは安全な中絶の権利と言い換えてもよいほどのものです。
このように考える私からすると、「フェミニスト」の皆さんが主張する堕胎罪の廃止は理解できません。
冒頭に示した「やっぱり生きていた堕胎罪」の文章をもう一度読んでみましょう。
起訴された女性は経口中絶薬を使用しています。
現在、自身で使用するための経口中絶薬の入手が禁止されているのは、
堕胎罪があるためです。
堕胎罪が廃止されれば、経口中絶薬を個人輸入し自己堕胎することが可能になります。
堕胎罪の廃止は、経口中絶薬による自己堕胎の容認と同義です。
経口中絶薬による中絶は、中絶が合法化された当時の闇堕胎よりはるかに安全です。
しかし、先進国の基準で考えれば、経口中絶薬による自己堕胎が安全とはとても言えません。
多くの国で経口中絶薬が薬品として承認されていますが、
市販薬とされている先進国は1カ国もありません。
経口中絶薬は医療の管理下で使用しないと、安全性が確保できないからです。
堕胎罪廃止論は女性のための主張のようで、
その実は日本の女性の安全な中絶を受ける権利を台なしにしてしまうものです。
中絶合法化の歴史を逆回転させ合法化以前の状態に戻してしまうものです。

権利の保障とは何か


本題から外れます。
権利は法律の文面の中にあるのでしょうか。
違います。
権利は実質化されてはじめて意味を持ちます。
教育を受ける権利を例に説明してみましょう。
憲法26条は「すべて国民は、法律の定めるところにより、その能力に応じて、ひとしく教育を受ける権利を有する」と規定しています。
この規定により、親が子に教育を受けさせる義務を負い(義務教育)、
子どもは中学校までの教育を受ける権利を持っています。
義務教育とは言いますがそれは親の義務で、
子どもから見ると権利です。
もし、仮に小中学校に高い授業料が必要だったとします。
いくら費用がかかろうと子どもを学校にやることのできる高所得家庭もありますが、
子どもを学校にやれない家庭も出てきます。
親の所得により教育を受けれたり受けれなかったりするのでは、
権利が保障されているとはいえません。
そこで国は親に代わって教育を受けれない子どもを支援することになります。
小中学校の設置があり学校に通える子どもがいるというだけでは、
教育を受ける権利があるとは言えないのです。
たとえ貧しくとも誰もが等しく学校に行けて始めて、権利と言えます。
権利は保障されてはじめて実質化されるものです。

中絶の権利とは何か


教育を受ける権利を例に権利の実質化について書きました。
中絶の権利は憲法で保障された権利ではないので、
国に保障する義務はないかもしれませんが、
中絶も権利であるならば保障されなくては意味がないものです。
だれでも享受できてはじめて権利と言えます。
中絶の費用は10万円前後です。
月数が進むと数十万円の費用がかかります。
この金額を負担に感じない人もいるでしょう。
しかし、決して誰でも負担できる金額ではありません。
各国の中絶費用について調べたことがありますが、
日本の中絶費用は先進国の数倍です。
治療として保険適用のある中絶がありますが、
日本の健康保険が中絶費用として認定している金額と比べても数倍です。
中絶が保障されるべき権利であるならば、
まずこの費用の高さが問題にされなくてはなりません。
日本は中絶の権利が保障されている国とは言えません。

フランスにおける中絶の権利


フランスは中絶に反対のカトリック信者が7割を占める国です。
フランスで中絶がようやく合法化されたのは、1975年です。
日本よりも20年以上遅れて合法化されました。
そのフランスでは、中絶や避妊を女性の権利とするたゆまぬ努力が継続されました。
2014年1月、議会は「妊娠を続行するか否かを選ぶのは女性の権利である」とする条項を可決しました(参照中絶を容易にする条項を可決、反対運動も/パリの日本語新聞オヴニー)。
この条項が可決された背景には、40年間にわたり中絶を女性の権利として実質化する運動の積み重ねがありました。
1975年の中絶合法化は運動の終わりではなく、運動の始まりでした。
フランスの運動を年表にまとめてみました。

1920年 中絶禁止、避妊情報提供禁止(7月31日法)
1955年 中絶部分解禁(母胎生命危険条件)
1956年 グループ「幸せな母性」結成
1958年 家族計画のためのフランス運動(MFPF)スタート
1967年 ピル解禁(ニューヴィルト法)
1960年代 MFPF、34支部・会員数11万人・数百カ所の避妊相談所
1969年 女性解放運動(MLF)結成
1971年 市民団体「Choisir選択」結成
1971年 343人宣言(Manifeste des 343)
1973年 妊娠中絶と避妊の自由化運動(MLAC)スタート
1974年 避妊ピルに保険適用、18歳未満のピル無償化へ(12月4日法)
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1975年 中絶合法化(ヴェイユ法)
1982年 中絶に保険適用(約360ユーロ保険負担、約90ユーロ自己負担)
1988年 経口中絶薬(RU486)承認(230ユーロ程度)
1988年 人工妊娠中絶妨害罪新設
1994年 刑法堕胎罪改正(堕胎罪→非合法中絶罪)、公衆衛生法典制定
2001年 未成年者についての両親承諾条件廃止(中絶と避妊にかんする法律)
2011年 第2次343人宣言(参照 薔薇の言葉)
2012年 中絶費用無償化(18歳未満の無料中絶を全年齢に拡大)
2012年 15-18歳女性の避妊を完全無料化

以下では、フランスにおける中絶の権利保障の実現を詳しく見ていくことにしましょう。

中絶の権利と避妊の権利は表裏一体


家族計画のためのフランス運動(MFPF)は、フランス家族計画協会と訳されることがあります。
日本の家族計画協会に相当する組織ですが、
性格は非常に異なっています。
日本の家族計画協会は、国策を推進する半官半民の組織としてスタートしました。
一方、家族計画のためのフランス運動(MFPF)は、避妊情報の提供も中絶も禁じられていた時代に作られました。
同時期の性の権利を求める団体は、互いに関係があったり、連携したりしながら、運動を進めました。
避妊を求める団体は中絶の自由も求めましたし、中絶の自由を求める団体は避妊の自由化も求めました。
運動の成果には、ある種の法則が見られます。
ピルの解禁が先行し、遅れて中絶の合法化が実現します。
ピルに保険適用が先行し、遅れて中絶の保険適用が実現します。
18歳未満の避妊無償化が先行し、遅れて18歳未満の中絶費用無償化が実現します。
18歳未満の中絶無償化が先行し、遅れて全年齢の中絶費用無償化が実現します。
運動が、中絶の権利と避妊の権利を表裏一体と捉えていたからです。

大衆運動と知識人


家族計画のためのフランス運動(MFPF)がスタートするのは、1958年です。
厳密に言えば、非合法活動でした。
この運動は10年の間に大きな大衆運動に発展しました。
フランス全土に34支部が設けられ、会員数は11万人に上りました。
町々には避妊相談所が設けられました。
専門職や知識人は、ボランティアでこの大衆運動をリードしました。
また、側面から強力にバックアップしました。
1971年に著名な女性343人の宣言が雑誌に掲載されます。
彼女たちは、自分も闇中絶をしたことがあると告白し、
逮捕するなら自分を逮捕しろと訴えました。
この勇気ある行動は3年後の中絶合法化を導く大きな力となりました。
343人の宣言からちょうど40年後の2011年、第2次343人宣言が出されました。
翌年には、中絶費用の全面無償化と15-18歳女性の避妊の完全無料化が実現しました。 

弱者への眼差し


1971年宣言の女性343人と2011年宣言の女性343人は、
どちらも社会的地位のある女性でした。
お金のある女性は中絶にも避妊にも困りません。
フランスが中絶を禁止していた頃、イギリスはすでに中絶を合法化していました。
お金のある女性はイギリスに堕胎旅行に出かけました。
海外での中絶が罪に問われることはありませんでした。
中絶を禁止し避妊へのアクセスを困難にすれば、
困るのはいつも弱者です。
フランスのフェミニストは弱者への眼差しを持ち続けているように見えます。

弱者に犠牲を強いる堕胎罪廃止


話を日本に戻します。
経口堕胎薬を服用して起訴されたのは、
22歳の無職の女性でした。
彼女はなぜ病院で中絶手術を受けなかったのでしょうか。
その事情はわかりません。
想像ですが、無職の彼女には、
病院で手術を受ける10万円のお金がなかったのかもしれません。
10万円のお金が用意できない女性は少なくありません。
10万円のお金が用意できない女性が、
自身の身体を危険にさらしながら、
逮捕起訴されるかもしれないリスクを取って、
敢えて選択しているのが自己堕胎です。
わが国の「フェミニスト」は堕胎罪の廃止を主張します。
では、堕胎罪が廃止されたらどうなるのでしょう。
お金のある女性は病院で中絶手術を受け、
お金のない女性は自己堕胎することになるでしょう。
それが「フェミニスト」のいう中絶の権利でしょうか。
違います。
フランスでお金のある女性は外国に堕胎旅行に出かけれたけれども、
お金のない女性は闇堕胎を強いられていました。
その理不尽を終わらせようとしたのが、
中絶合法化の運動でした。
堕胎罪廃止を主張する「フェミニスト」は、
中絶合法化以前の状態に引き戻そうとしているように思えます。

中絶弱者としての未成年女性


日本でも妊娠に気づかず手遅れになる少女の事例が話題になることがあります。
あるいは、トイレで出産してしまった少女の事例が話題になることがあります。
そして、それらのケースについて、しばしば教育の不備が指摘されます。
教育の不備の指摘は間違いではありません。
教育を充実する必要があります。
しかし、未成年者の妊娠は、教育だけでは解決できない問題を含んでいます。
フランスでは中絶のできるのは、10週(現在は12週)まででした。
親に知られたくなかったり、
病院の敷居が高かったり、
心理的葛藤があったり、
少女達には決断を鈍らせる要素がいくつもあります。
もちろん、お金の問題もあります。
結果として、中絶できる期限を越えてしまう少女がいます。
中絶が権利であっても、未成年の女性は権利の埒外に置かれているのではないか。
フランスの年表をもう一度見て下さい。
18歳未満ヘの避妊の無料化、中絶の無料化がいち早く実現しています。
弱者が権利の埒外に置かれないようにすることに配慮がなされてきたからです。

堕胎罪廃止の条件


堕胎罪は男女平等に反するといって堕胎罪を廃止しても、
女性が孕む性であることが変わるわけではありません。
ただ堕胎罪を廃止するだけでは、女性は危険な堕胎を甘受しなくてはならなくなります。
現在の日本で堕胎罪廃止を主張するなど、
私から見れば正気の沙汰とは思えないのです。
諸外国のフェミニストは堕胎罪の廃止を目標にしたでしょうか。
いいえ、決してそうではありません。
諸外国のフェミニストは闇堕胎(自己堕胎)に追い込まれる女性をなくそうとしてきました。
望まない妊娠がなければ、中絶はありません。
中絶へのアクセスが容易であれば、わざわざ自己堕胎する女性はいません。
諸外国のフェミニストは避妊へのアクセス改善に努力し、
中絶へのアクセス改善に努力してきました。
そして、それは大きな成果を上げています。
病院での中絶が無料の時、わざわざ自己堕胎する女性はいません。
わざわざ自己堕胎する女性がいないのであれば、
堕胎罪があろうとなかろうと大きな問題ではなくなります。
中絶の権利の実質的な保障は、堕胎罪廃止の条件です。
先進国の中で日本ほど避妊へのアクセスが困難で、
中絶へのアクセスが困難な国はありません。
「フェミニスト」にはこの現実が見えてないのではないでしょうか。

中ピ連粛清で失ったもの


1972年、榎美沙子氏は中絶禁止法に反対しピル解禁を要求する女性解放連合(以下、中ピ連)を結成しました。
中ピ連には指摘されているような未熟さがあったことは事実です。
しかし、①女性の身体問題への着目、②弱者への視点、③行動主義の3点において、欧米リブと共通点を持っていました。
中ピ連は短期間のうちに、その未熟さの故に自壊します。
自壊した中ピ連について距離を置く、あるいは異端視するフェミニズムが日本に成立しました。
それはきつい言葉で言えば、中ピ連的なるものの粛清でした。
フランスでは、①女性の身体問題への着目、②弱者への視点、③行動主義の3点は、50年間綿々と引き継がれてきました。
一方、それを切り捨てた日本のフェミニズムは、ガラパゴス化したのではないかと考えます。

ガラパゴス島に橋を架けよう


2年ほど前のツイートです。
50年間、世界中のフェミニストが胸に刻んできた言葉です。
私たちの国には、意図しない妊娠に苦しんでいる女性がいます。
しかし、イギリスで百数十円のピルは、日本では7000円の薬価です。
緊急避妊すれば防げる妊娠があります。
諸外国ではドラッグストアで買えランチ代ほどの値段です。
日本では、病院を受診し約1万5千円ほどの費用が必要です。
どんなに完全に避妊しても、望まない妊娠は生じます。
諸外国では中絶費用は保険の適用があったり、
負担にならない額に抑えられています。
日本では中絶するのに10万円はかかります。
私達の国は、避妊や中絶の権利がないに等しい状態です。
その中で、苦しむ女性がいます。
その女性達の側に寄り添う人がフェミニストです。
日本にはフェミニストはいたのでしょうか。

日本の女性の性が置かれている状況は、
とてつもなく酷い状態です。
数年前、日本のピルについてガラパゴス島に橋を架けたいと書きました。
日本のピルがガラパゴス化している原因の一つは、
フェミニズムのガラパゴス化です。
ノルレボの市販薬化は、ガラパゴスに架かる最初の橋になるでしょう。
日本の女性の力で橋を作りましょう。

(携帯)すぐに必要な時がある。緊急避妊薬ノルレボを市販薬に!
(web)すぐに必要な時がある。緊急避妊薬ノルレボを市販薬に!

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このエントリーは、以下の3エントリーの一部です。
他のエントリーも合わせてご覧下さい。
  堕胎罪廃止を唱えるフェミニズムの質(このページ)
  日弁連は堕胎罪廃止意見書を撤回すべき
  堕胎罪廃止がもたらす日本の女性の不幸

2015年5月3日日曜日

「ノアルテンに関する誤解」の誤解


ミニピルの定義は曖昧で、伝統的なミニピル定義からするとノアルテンはミニピルではありません。
その点を突っ込む人がいるかもしれないなと思い、上記のツイートをしておきました。
このほど、あるブログで 「ノアルテンに関する誤解」という記事が書かれているのを教えてくれる人がいました。
記事の末尾にはご丁寧に、
「大事なおまけ
 某サイトをみて、ノアルテンをmini-pill代わりに使われている方はいませんか?ご注意を。」
と書かれていました。
リンクなしのご紹介なので、当ブログでもリンクは致しません。
その記事の内容は以下の通りです。

*****************************
ノアルテンに関する誤解

まず、mini-pillの説明から
 mini-pillにはノルエチステロンが0.035mg(35microgram)含まれています。もう少し多く含まれているものもありますが、35~50microgram程度のものが多いです(日本では未発売)。
 そもそも、なぜmini-pillというものが存在するかというと、卵胞ホルモン(エストロゲン)が入っていないので血栓症のリスクが増えないので安全だからです。普通の混合型ピルよりも避妊効果は少し弱いのですが、血栓症のリスクが高い人でも使うことができるというメリットがあります。

「それならば、ノアルテンも血栓症のリスクが増えないのでは?」と多くの産婦人科医は考えますが、その点について、少しずつ解説します。

少し脱線して
 月経を遅らせる場合、欧米ではノルエチステロン(5mg)剤を1日に3錠服用します。これを、月経が来てもよい日まで毎日(最長2週間まで)服用します。日本では、月経周期延長を目的とする際には通常1日に1錠服用します(薬の添付文書に書いてあるので)。

元に戻って 
 最初はノルエチステロン(5mg)剤を服用しても血栓症のリスクは変わらないだろうと考えられていました。そして、今でもそう思っている産婦人科医が多いと思われます。
ところが、
 「治療に使うレベルの多量の黄体ホルモンを使用していると静脈血栓症、動脈血栓症のリスクが高くなる」
ということを示す2つの論文が、1999年、Lancetという世界的に有名な総合医学誌に発表されました。ちなみに、治療に使うレベルの多量というのはノルエチステロン(5mg)を1日に2~4錠服用するくらいの量です。

 ところで、5mg錠を1日1錠なら安全かといえば、そうでもありません。1997年のContraceptionの論文からすると、ノルエチステロン1mgが体内で代謝されて4~6 microgramのエチニルエストラディオール(EE)に変換するとされています(EEとは合成エストロゲンのことです)。

 低用量ピルに含まれているEEは20~35 microgram、当然ながら、これは血栓症を減らすために少なくされています。中用量ピルのEEは50 microgramです。

 ノアルテン(ノルエチステロン5mg)が全てEEに変換されたとすると(そんなことはありませんが)EEが20~30 microgramになり、これは普通の低用量ピルに相当する卵胞ホルモン(エストロゲン)量です。ですから、ノアルテン1日1錠服用は通常の低用量ピルに近いくらいの血栓症のリスクがあると考えてよいです。欧米の女性が使う1日3錠は中用量ピルをはるかに上回るエストロゲン量になります。
 製薬会社(バイエル)は、これらの経緯を受けて、ノルエチステロン5mgを混合ホルモン型のピルと同程度のリスクがあるとする安全性情報や注意勧告を発表しています。

最初の質問の答え
「ノアルテン(5mg)1錠分には普通の低用量ピル1錠分並みの血栓症リスクがある」
と考えておくのが安全で無難です。患者さんや月経移動をする方にもそう伝えるべきでしょう。

大事なおまけ
 某サイトをみて、ノアルテンをmini-pill代わりに使われている方はいませんか?ご注意を。

*****************************

上記ブログについてのご質問には当ブログのコメント欄でお返事したのですが、
一部加筆し以下に再掲することにしました。

(以下再掲)
ご指摘のサイトの趣旨は、
「ノアルテン(ノルエチステロン5mg)が全てEEに変換されたとすると(そんなことはありませんが)EEが20~30 microgramになり、
これは普通の低用量ピルに相当する卵胞ホルモン(エストロゲン)量です。
ですから、ノアルテン1日1錠服用は通常の低用量ピルに近いくらいの血栓症のリスクがあると考えてよいです」
ということになります。

まず一般論ですが、
理論上リスクがあると言うことと実際にリスクがあると言うことは、
別問題です。
医学は経験科学ですから、実際のリスクが問題となります。
実際のリスクについては、後で述べることにします。

血栓リスクは見かけ上エストロゲン用量に依存的ですが、
実際はエストロゲン:アンドロゲン比によって決定されます。
単にエストロゲン用量の多寡が血栓症リスクの決定要因ではありません。
ご指摘のサイトはこの点に触れていませんので、
私もこの問題には触れないことにします。

リンクサイトでは少し古めの研究を基にEE変換量を推測していますが、
同意しかねます。
現在の研究では10–20 mgのノルエチステロンはエストロゲン20–30mcgの低用量ピルと等しいとされています。("a daily dose of 10–20 mg NETA equates to taking a 20–30 µg EE COC." Chu MC,Zhang X,Gentzschein E,et al. Formation of ethinyl estradiol in women during treatment with norethindrone acetate. J Clin Endocrinol Metab 2007;92:2205–2207)
つまり、日量2~4錠のノアルテンが低用量ピルのエストロゲンと等量なのであり、5mgのノアルテン日量1錠が低用量ピルと同等だと言うことにはなりません。

仮に血栓リスクがエストロゲン用量によってのみ規定されるとします。
上記サイトでは混合ピルに含まれるエストロゲン量とノアルテンから代謝されるエストロゲンを比較しています。
しかし、エストロゲン量を比較するのであれば、混合ピルに含まれる黄体ホルモン剤から代謝されるエストロゲン量も考慮すべきです。
具体的に言えば、オーソMはEE35mcgとノルエチステロン1mgです。
ノルエチステロン1mgから理論上最大5mcg前後のEEが変換されますから、
合計EE量は40mcgとなりノアルテンから変換されるEE量よりもかなり多くなります。

エストロゲン用量についてもう1点考慮すべき問題があります。
血中エストロゲン量は、経口摂取したエストロゲン量と生体由来エストロゲン量の合計です。
低用量ピルやミニピルの服用初期(おおむね3周期)には、
卵巣活動の抑制は不十分で卵胞からエストロゲンが分泌されます。
これは服用初期に血栓症リスクが高くなる一つの理由です。
5mgのノアルテンでは卵胞活動は強力に抑制され、
排卵はまれにしか見られません。
つまり5mgのノアルテンでは生体由来のエストロゲンが抑制されますから、
血中エストロゲンがホルモンコントロールフリーの状態より高くなることはありません。

ノアルテンは狭義のミニピルではありません。狭義のミニピルは排卵を抑制しない程度の低用量黄体ホルモン剤です。
しかし、排卵を抑制する強力なミニピル(Cerazetta) が発売されたこともあり、
progestogen-only pill(POP)という言い方が多用されるようになりました。
POP=ミニピルは誤解と言えば誤解なのですが、
区別がなくなっているのが実態です。
ノアルテンと同一製剤同一用量のピルが「ミニピル」として用いられています。
5mgのノアルテンはかなり多用されています。

ノルエチステロンによる血栓症リスクの実態については、
以下の報告があります。
Sundström A, Seaman H, Kieler H,et al. The risk of venous thromboembolism associated with the use of tranexamic acid and other drugs used to treat menorrhagia: a case-control study using the General Practice Research Database. BJOG 2009;116:91–97.
Mansour D. Safer prescribing of therapeutic norethisterone for women at risk of venous thromboembolism. Journal of Family Planning and Reproductive Health Care 2012.
1日5mgのノアルテンが血栓症リスクを高めるとの報告はなされていません。血栓症リスクに関係するのは、少なくとも10mg以上の治療的投与の場合のみです。

日量5mgのノアルテンが低用量ピルと同等の血栓症リスクを持つというのは、現時点で根拠はありません。
低用量ピルよりも明らかに低リスクであると考えます。
しかし、ノルエチステロン日量5mgは長期間の使用には高用量です。
だから、低用量ノルエチステロンの文字通りのミニピル認可が必要と考えています。
(以上再掲)

ピルやミニピルを服用していなくても一定の血栓リスクはあるわけで、
注意することがダメなわけではありません。
しかし、「ご注意を」の意味が、ノアルテンでも低用量ピルや超低用量ピルと同程度の血栓リスクがあると言うのなら、疑問に思えます。
漠然と「ご注意を」と書くのならもう少し親切な書き方もあるように感じます。
たとえば、糖尿病患者では血糖値の上昇に注意するとか、
(インスリン抵抗性が高まり間接的に動脈血栓リスクを高めるおそれがある)
半錠/日服用でも問題ないとか、
女性に有用な情報提供があるのではないかと思ったりします。