2015年5月3日日曜日

「ノアルテンに関する誤解」の誤解


ミニピルの定義は曖昧で、伝統的なミニピル定義からするとノアルテンはミニピルではありません。
その点を突っ込む人がいるかもしれないなと思い、上記のツイートをしておきました。
このほど、あるブログで 「ノアルテンに関する誤解」という記事が書かれているのを教えてくれる人がいました。
記事の末尾にはご丁寧に、
「大事なおまけ
 某サイトをみて、ノアルテンをmini-pill代わりに使われている方はいませんか?ご注意を。」
と書かれていました。
リンクなしのご紹介なので、当ブログでもリンクは致しません。
その記事の内容は以下の通りです。

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ノアルテンに関する誤解

まず、mini-pillの説明から
 mini-pillにはノルエチステロンが0.035mg(35microgram)含まれています。もう少し多く含まれているものもありますが、35~50microgram程度のものが多いです(日本では未発売)。
 そもそも、なぜmini-pillというものが存在するかというと、卵胞ホルモン(エストロゲン)が入っていないので血栓症のリスクが増えないので安全だからです。普通の混合型ピルよりも避妊効果は少し弱いのですが、血栓症のリスクが高い人でも使うことができるというメリットがあります。

「それならば、ノアルテンも血栓症のリスクが増えないのでは?」と多くの産婦人科医は考えますが、その点について、少しずつ解説します。

少し脱線して
 月経を遅らせる場合、欧米ではノルエチステロン(5mg)剤を1日に3錠服用します。これを、月経が来てもよい日まで毎日(最長2週間まで)服用します。日本では、月経周期延長を目的とする際には通常1日に1錠服用します(薬の添付文書に書いてあるので)。

元に戻って 
 最初はノルエチステロン(5mg)剤を服用しても血栓症のリスクは変わらないだろうと考えられていました。そして、今でもそう思っている産婦人科医が多いと思われます。
ところが、
 「治療に使うレベルの多量の黄体ホルモンを使用していると静脈血栓症、動脈血栓症のリスクが高くなる」
ということを示す2つの論文が、1999年、Lancetという世界的に有名な総合医学誌に発表されました。ちなみに、治療に使うレベルの多量というのはノルエチステロン(5mg)を1日に2~4錠服用するくらいの量です。

 ところで、5mg錠を1日1錠なら安全かといえば、そうでもありません。1997年のContraceptionの論文からすると、ノルエチステロン1mgが体内で代謝されて4~6 microgramのエチニルエストラディオール(EE)に変換するとされています(EEとは合成エストロゲンのことです)。

 低用量ピルに含まれているEEは20~35 microgram、当然ながら、これは血栓症を減らすために少なくされています。中用量ピルのEEは50 microgramです。

 ノアルテン(ノルエチステロン5mg)が全てEEに変換されたとすると(そんなことはありませんが)EEが20~30 microgramになり、これは普通の低用量ピルに相当する卵胞ホルモン(エストロゲン)量です。ですから、ノアルテン1日1錠服用は通常の低用量ピルに近いくらいの血栓症のリスクがあると考えてよいです。欧米の女性が使う1日3錠は中用量ピルをはるかに上回るエストロゲン量になります。
 製薬会社(バイエル)は、これらの経緯を受けて、ノルエチステロン5mgを混合ホルモン型のピルと同程度のリスクがあるとする安全性情報や注意勧告を発表しています。

最初の質問の答え
「ノアルテン(5mg)1錠分には普通の低用量ピル1錠分並みの血栓症リスクがある」
と考えておくのが安全で無難です。患者さんや月経移動をする方にもそう伝えるべきでしょう。

大事なおまけ
 某サイトをみて、ノアルテンをmini-pill代わりに使われている方はいませんか?ご注意を。

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上記ブログについてのご質問には当ブログのコメント欄でお返事したのですが、
一部加筆し以下に再掲することにしました。

(以下再掲)
ご指摘のサイトの趣旨は、
「ノアルテン(ノルエチステロン5mg)が全てEEに変換されたとすると(そんなことはありませんが)EEが20~30 microgramになり、
これは普通の低用量ピルに相当する卵胞ホルモン(エストロゲン)量です。
ですから、ノアルテン1日1錠服用は通常の低用量ピルに近いくらいの血栓症のリスクがあると考えてよいです」
ということになります。

まず一般論ですが、
理論上リスクがあると言うことと実際にリスクがあると言うことは、
別問題です。
医学は経験科学ですから、実際のリスクが問題となります。
実際のリスクについては、後で述べることにします。

血栓リスクは見かけ上エストロゲン用量に依存的ですが、
実際はエストロゲン:アンドロゲン比によって決定されます。
単にエストロゲン用量の多寡が血栓症リスクの決定要因ではありません。
ご指摘のサイトはこの点に触れていませんので、
私もこの問題には触れないことにします。

リンクサイトでは少し古めの研究を基にEE変換量を推測していますが、
同意しかねます。
現在の研究では10–20 mgのノルエチステロンはエストロゲン20–30mcgの低用量ピルと等しいとされています。("a daily dose of 10–20 mg NETA equates to taking a 20–30 µg EE COC." Chu MC,Zhang X,Gentzschein E,et al. Formation of ethinyl estradiol in women during treatment with norethindrone acetate. J Clin Endocrinol Metab 2007;92:2205–2207)
つまり、日量2~4錠のノアルテンが低用量ピルのエストロゲンと等量なのであり、5mgのノアルテン日量1錠が低用量ピルと同等だと言うことにはなりません。

仮に血栓リスクがエストロゲン用量によってのみ規定されるとします。
上記サイトでは混合ピルに含まれるエストロゲン量とノアルテンから代謝されるエストロゲンを比較しています。
しかし、エストロゲン量を比較するのであれば、混合ピルに含まれる黄体ホルモン剤から代謝されるエストロゲン量も考慮すべきです。
具体的に言えば、オーソMはEE35mcgとノルエチステロン1mgです。
ノルエチステロン1mgから理論上最大5mcg前後のEEが変換されますから、
合計EE量は40mcgとなりノアルテンから変換されるEE量よりもかなり多くなります。

エストロゲン用量についてもう1点考慮すべき問題があります。
血中エストロゲン量は、経口摂取したエストロゲン量と生体由来エストロゲン量の合計です。
低用量ピルやミニピルの服用初期(おおむね3周期)には、
卵巣活動の抑制は不十分で卵胞からエストロゲンが分泌されます。
これは服用初期に血栓症リスクが高くなる一つの理由です。
5mgのノアルテンでは卵胞活動は強力に抑制され、
排卵はまれにしか見られません。
つまり5mgのノアルテンでは生体由来のエストロゲンが抑制されますから、
血中エストロゲンがホルモンコントロールフリーの状態より高くなることはありません。

ノアルテンは狭義のミニピルではありません。狭義のミニピルは排卵を抑制しない程度の低用量黄体ホルモン剤です。
しかし、排卵を抑制する強力なミニピル(Cerazetta) が発売されたこともあり、
progestogen-only pill(POP)という言い方が多用されるようになりました。
POP=ミニピルは誤解と言えば誤解なのですが、
区別がなくなっているのが実態です。
ノアルテンと同一製剤同一用量のピルが「ミニピル」として用いられています。
5mgのノアルテンはかなり多用されています。

ノルエチステロンによる血栓症リスクの実態については、
以下の報告があります。
Sundström A, Seaman H, Kieler H,et al. The risk of venous thromboembolism associated with the use of tranexamic acid and other drugs used to treat menorrhagia: a case-control study using the General Practice Research Database. BJOG 2009;116:91–97.
Mansour D. Safer prescribing of therapeutic norethisterone for women at risk of venous thromboembolism. Journal of Family Planning and Reproductive Health Care 2012.
1日5mgのノアルテンが血栓症リスクを高めるとの報告はなされていません。血栓症リスクに関係するのは、少なくとも10mg以上の治療的投与の場合のみです。

日量5mgのノアルテンが低用量ピルと同等の血栓症リスクを持つというのは、現時点で根拠はありません。
低用量ピルよりも明らかに低リスクであると考えます。
しかし、ノルエチステロン日量5mgは長期間の使用には高用量です。
だから、低用量ノルエチステロンの文字通りのミニピル認可が必要と考えています。
(以上再掲)

ピルやミニピルを服用していなくても一定の血栓リスクはあるわけで、
注意することがダメなわけではありません。
しかし、「ご注意を」の意味が、ノアルテンでも低用量ピルや超低用量ピルと同程度の血栓リスクがあると言うのなら、疑問に思えます。
漠然と「ご注意を」と書くのならもう少し親切な書き方もあるように感じます。
たとえば、糖尿病患者では血糖値の上昇に注意するとか、
(インスリン抵抗性が高まり間接的に動脈血栓リスクを高めるおそれがある)
半錠/日服用でも問題ないとか、
女性に有用な情報提供があるのではないかと思ったりします。

2 件のコメント:

匿名 さんのコメント...

るりこさん
いつも科学的根拠に基づいて、解りやすく教えていただいて、ありがとうございます。更新されるのをいつも楽しみに拝読しております。ピルユーザーの時は、医師でもはっきり教えてもらえなかった事でも、明確でしたので、参考になりました。今ではもう卒ピルしたのですが、高齢女性にはミニピルは悲願ですね。私の住む町には、ノアルテンを処方してくれる病院がないので、(車で四時間走ればあります。)婦人科の先生が早く理解してくれることを切望します。ミニピルが認可されることが、本当に大切ですね。
女性が避妊する権利が保障されてるとはなかなか言えない今の日本。私に出来ることはまず、息子たちに性教育をして避妊について話し合える文化を伝えていきます。
これからも、情報発信を楽しみにしています。お体大事になさって頑張って下さい。 ありがとうございました。 高齢女性より

RURIKO PIRUTON さんのコメント...

件のブログは他の記事にもざっと目を通しましたが、よく勉強なさっている先生でした。
ノアルテンで大丈夫なのかとお調べになられたのでしょう。
エストロゲン変換についての新しい論文にも目を通しているのではないかとうすうす感じました。
とてもありがたいことなのですが、
日本の現状を考えてほしかった気がします。
日本のピルユーザーの過半は30歳以上です。
この状態が続けば副作用頻発が続きます。
そうであれば、文字通りピルは怖い薬との認識が広まり、
日本はピル不毛の国になってしまいます。
一日も早いミニピルの導入が待たれるのですが、
すぐのことにはなりません。
そこでノアルテンに目を付けました。
狭義のミニピルは不正出血が多く、
欧州では狭義のミニピルとノアルテンのようなピルがケースバイケースで使い分けられていて、
医師も女性も両者の区分けが付けられないようになっています。
そのような事情を考えてのノアルテン提案でした。


ノアルテンの件に限らず、「ピルとのつきあい方」では、
ほかにもやや異端的なことを書いて来ました。
異端的なことは自覚しているのですが、
説明がつく限り日本の状況に応じて考えたいと思ってきたからです。
異端が必要のない日本になるといいんですけどね。