2015年9月11日金曜日

生殖にまつわる費用の社会負担を求める論理

日本の人口の長期変化を示したグラフです。

1600年から100年余りの間で、人口は約3倍強に増えています。
新田開発などによる食糧増産が人口増を可能にしました。

もう一つ見逃すことのできない要因は、自作農(本百姓)の創出です。
自作農経営は後継者がいて継続できます。子どもを多めに産み育てようとしたことが、人口増加の要因になったでしょう。

この100年余りの間に画期的な医学の進歩も生殖技術の進歩もありません。3倍強の人口増は、出生数の増加によるものです。食料があれば、ヒトは100年で人口を3倍強にする事ができることを示しています。

1700年過ぎから幕末までの約150年間、一転して人口は静止化します。食糧増産が頭打ちになる、農民の階層分化が始まり自作農が減少していくなどの要因が考えられます。

では、江戸中期から幕末にかけての静止人口は、妊娠数の減少によってもたらされたのでしょうか。いいえ、おそらく妊娠数は基本的に変わらなかったでしょう。妊娠数は変わらないのに、人口は静止化したのです。

この人口の静止化は、間引き・堕胎によってもたらされたと考えられます。18世紀の日本では、人為的な人口調整が広汎に行われるようになったと考えるべきです。

1800年ころになると、堕胎・間引きの禁止政策を導入する藩が出てきます。これは広汎に行われるようになった堕胎・間引きに対応したものであったと考えられます。

明治になると、再び人口増加が始まります。増加率は、100年間で4倍のペースです。3倍強を上回るのは寿命が長くなったことが関係していると考えられます。

人口統計は、明治になると堕胎・間引きが影をひそめたことを示唆しています。広汎な間引き・堕胎が継続していれば、この人口増加ペースにはなりません。

明治新政府は堕胎・間引きの禁令を発しますが、江戸期の諸藩の禁令と異なるものではありません。1880年には刑法に堕胎罪が規定されますが、すでに人口増加は始まっています。法制によって、間引き・堕胎が影をひそめたとは考えられません。

近代国家の成立と共に人口増加が始まる現象は、日本に限ったことではありません。後進国であった日本で見られたのと同じ現象が、開発途上国でも見られました。

近代化が緩やかに進行した先進国では人口増加率は低く、開発途上国では爆発的な人口増加になりました。日本は先進国と開発途上国の中間に位置します。

近代化とともに人口増が生じるのはなぜでしょう。医学や衛生知識の進歩も1つの要因です。しかし、それだけでは爆発的とも言える人口増加を説明できません。

近代化とともに人口増が生じるのは、堕胎間引きが行われなくなるからです。近代以前の人々は共同体規範に従って生活していました。人口増加を拒否する共同体規範が、堕胎・間引きを強いていたのです。

近代国家の成立により、人々は共同体規範を脱し、国家規範に従うようになります。共同体規範の相対的弱化が、堕胎・間引きを消滅させたと考えられます。

もし、堕胎間引きもなく、避妊もないとすると、人口は100年に3~4倍のペースで増加します。帝国主義的な侵略戦争で植民地を獲得しない限り、この人口増加圧力を吸収することはできません。

日本は戦後、世界に先駆けて中絶を合法化し、家族計画運動という世界最初の国策避妊運動を行いました。それは戦争放棄を規定した憲法があったからできた事とも言えます。

以上、日本について述べたことは、時期がずれたりしますが、他の先進諸国にも基本的に当てはまります。社会が必要とする人口調整を女性が、堕胎や避妊として引き受けてきたのです。

そうであるならば、中絶に伴う身命のリスクを女性が負うのは不合理ではないかということになります。女性は安全な中絶を求める権利があります。それが欧米における中絶合法化運動の論理でした。

同様の論理の延長線上に、女性が中絶や避妊の費用を負担するのは不合理ではないかという考えが可能になります。欧米では、中絶や避妊の費用の無料化が急速に進みました。

中絶や避妊は人口増の圧力から社会を守るものであるとすると、出産もまた社会を維持するために必要なことです。そこから、出産や育児の経費が社会で負担すされるようになっています。

さらに言えば、労働における男女格差は女性の生殖と強く関係しています。子どもを産むことが女性の不利益にならない社会の仕組みを作ることは男女平等の実現のために重要であり、課題として取り組まれています。

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関連ツイート
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2015年8月28日金曜日

堕胎罪廃止がもたらす日本の女性の不幸

日本のフェミニストだけが堕胎罪廃止を主張


戦前はどこの国にも堕胎罪だけがありました。
いかなる事情があっても堕胎は犯罪だったのです。
日本では1948年に、欧米では1970年前後に、
堕胎罪を阻却する法律が制定されます。
つまり、一定条件に当てはまる中絶について、
堕胎罪の規定を無効化することにしました。
これを中絶の合法化と言います。
中絶の合法化の際、従来の堕胎罪を廃止した国はありません。
従来の堕胎罪はそのままで、堕胎罪の阻却条項を持つ法律をつくりました。
堕胎罪の阻却条項を持つ法律が制定されると、
従来の堕胎罪は非合法堕胎処罰法に性格が変化します。
日本の刑法堕胎罪も非合法堕胎処罰法の性格を持っています。
イギリスには1861年制定のOffences Against the Person Actがあり、その58条・59条が堕胎罪です。
アメリカでは少なくとも38州に堕胎罪があり、
今春、インディアナ州でPurvi Patelという女性が20年の刑を言い渡され話題になりました。
堕胎罪はほとんどの国に残っていますが、
日本以外のどの国にも堕胎罪廃止の運動はありません。※
堕胎罪は実質的に非合法堕胎処罰法なので、
非合法堕胎処罰法を廃止すると中絶を合法化する法律の意味が失われてしまうからです。
中絶の合法化はフェミニスト達が苦労して手にした権利です。
堕胎罪を廃止し非合法堕胎の処罰をなくせば、
合法化以前の闇堕胎の時代に逆戻りします。
そんな馬鹿げた要求をするフェミニストはいないのです。


80年代から日本の堕胎罪廃止運動を主導してきた柳沢由実子氏は、しばしばスウェーデンのThe Abortion Act(1974:595)を引き合いに出してきました。しかし、同法9章は阻却条件に合致しない違法堕胎に対する罰則を明確に規定しています。
スウェーデンで堕胎について規定したスウェーデン刑法23章は、今も有効です。

堕胎罪廃止により闇堕胎に逆戻り


日本のフェミニストの堕胎罪廃止論を受けて、
日弁連は堕胎罪廃止の意見書を提出しました。
参照 日弁連は堕胎罪廃止意見書を撤回すべき
この意見書が実現するとどのようになるのでしょう。
からだと性の法律をつくる女の会は、堕胎罪と母体保護法を廃止して新しい法律をつくることを提唱してきました。
その案が、「避妊および人工妊娠中絶に関する法律(案)」です(以下、法律案とする)。


この法律案は、堕胎罪廃止論の立場を集約的に示していると考えられます。
法律案を基に、堕胎罪廃止がどのような状況を惹起するのか見て見ることにします。

①指定医制の廃止


世界保健機関『安全な中絶』第2版は、以下のように指摘しています。

中絶を法律で制限することによって,中絶の件数が減少するわけでもなく,出生率が著しく上がるわけでもないこと,これとは反対に,安全な中絶サービスへのアクセスを促進する法律や政策は,中絶率や中絶件数を増加させない。

欧米諸国では1970年前後に中絶が合法化されましたが、
中絶合法化後に出生数が大きく落ち込むことはありませんでした。
なぜなら、中絶合法化前に闇中絶が広汎に行われており、
中絶の合法化は闇中絶を合法化するものにほかならなかったからです。
闇中絶の形態はさまざまでした。
最も裕福な階層は、安全な中絶を求めて中絶旅行に出かけました。
非合法な中絶に高額な報酬を支払える人々は、
産婦人科医に密かに依頼しました。
外科医や助産師など医療関係者に依頼できる人々は、
比較的ゆとりのある人でした。
獣医が密かに中絶を引き受けることもありました。
貧しい人々は怪しげな人に依頼するか、
自己堕胎を余儀なくされました。
不衛生な堕胎により多くの女性が身命の被害を受けていたのです。
この問題点をなくすために、誰でも安全な中絶にアクセスできる制度が作られました。
それが中絶の合法化です。
中絶の合法化で中絶を行えるのは、
安全に中絶を行える専門家だけに限定しました。
現行の日本の制度では、母体保護法指定医師だけが中絶を行えるようになっています。
諸外国では、指定医だけでなく資格を持った看護師等にも中絶を行う資格を認めている例があります。
いずれにしても、安全性を担保する制度が取られています。
指定医制度の廃止は、現行制度から明らかな後退です。


指定医制度の廃止は薬剤中絶の導入を視野に入れたものでしょう。
薬剤中絶の成功率が100%ならば指定医制の撤廃も考慮できますが、
薬剤中絶では一定比率で手術を必要とするケースが生じます。
指定医制の廃止では、安全性は担保できません。

②闇堕胎の復活


法律案では、中絶を行える者は医師としています。
しかし、中絶を行えるのは医師としても、罰則のない規定は実効力を持たず、実際は空文化します。
現行法制では、指定医以外の者が中絶を行うと、堕胎罪により罰せられます。
この罰則規定をなくすのが堕胎罪撤廃論です。
法律案では、自己堕胎を行っても罰則はありません。
医師以外の者が中絶を行っても罰則はありません。
耳鼻科医師が中絶を行うのは合法です。
つまり、合法化以前の状態に逆戻りさせるのが、
法律案の特徴です。
現在、堕胎罪により自己堕胎も含めて、指定医以外の中絶を禁止しています。
経口中絶薬の個人輸入が禁止されているのも、
堕胎罪の自己堕胎条項があるからです。
堕胎罪を廃止すると中絶薬の個人輸入を禁止する根拠が失われます。
金銭的にゆとりのある人は、産婦人科で中絶手術を受けるかもしれません。
しかし、10万円の中絶費用がない女性は、
1~2万円の中絶薬を個人輸入して使うでしょう。
安全な中絶を受ける権利は吹き飛んでしまいます。
そして犠牲になるのは貧しい女性です。

③「本人の意志」の尊重とは


法律案は「人工妊娠中絶を希望する者は、本人の意志のみによって人工妊娠中絶を受けることができる」と規定します。
先進国の中絶法制は、女性の希望での中絶を認める方向にあります。
法律案は世界の方向と合致するようにも見えます。
しかし、この法律案と世界の中絶法制の方向は必ずしも一致していません。
そもそも、女性の希望での中絶が認められるようになったのには、
理由があります。
『楢山節考』という小説があります。
息子は自らの意志で、山に老婆を捨てに行ったのでしょうか。
違います。
村の人口を調節する共同体の掟にやむなく従ったのです。
堕胎や間引きも女性の意志ではありませんでした。
共同体や家を維持するためのルールが、
女に堕胎や間引きを迫ったのです。
現在でも好き好んで中絶する女性は1人もいません。
産みたくても産めない状況があるからやむなく中絶するのです。
産む事にパートナーが不同意であるからと、
中絶を選ぶ女性がいます。
仕事や学業を続けられないからと、
中絶を選ぶ女性がいます。
これは女性が中絶を選んでいるのではなく、
選ばせられているのです。
やむなく中絶を選ばせられている女性が、
さらに身命の危険にまでさらされるのは不条理ではないか。
世界のフェミニストたちが中絶合法化のために戦った理由です。※
そこから導かれる中絶の自由とは、
女に対する中絶強制の排除です。
中絶は強制ではなく、あくまで女の意志でなくてはなりません。
そのような意味での「中絶は女性の意志によって行われる」との中絶法制が普及しつつあります。
では、法規に「中絶は女性の意志によって行われる」と記載すればすむのでしょうか。
いいえ、それだけなら、むしろ有害です。
中絶を強制された時代に逆戻りしてしまいます。
第4回世界女性会議(北京会議)行動綱領は、
日本を含む中絶合法化の国に対して以下のように求めています。

望まない妊娠をした女性には,信頼できる情報と思いやりのあるカウンセリングが何時でも利用できるようにすべきである。

たとえばドイツでは妊娠12週まで女性の求めに応じて中絶できることになっていますが、
妊娠中絶に際して事前のカウンセリングを受けることが法で定められています。
中絶はカウンセリング後、4日経過しないと中絶は行えません。
法律案のように女性の意思確認の手続を何ら定めず、「女性の意志」で中絶ができるとするのは女性の権利を守ることにはなりません。


日本のフェミニストは、世界の中で例外的に中絶合法化闘争を経験していません。
その日本は、フェミニストも含め、中絶の責任を女性の責任/男性の責任/男女双方の責任とする言説で覆い尽くされています。
日本は中絶を社会的責任とするフェミニスト不在の国でした。

④胎児条項の導入と同義


健常者も障害者も命の価値に違いはありません。
健常者も障害者も命の価値は同じです。
かつて人種や障害者を差別し排除する優生学という偽科学が流行したことがあります。
日本のフェミニストも優生学に反対してきた歴史があります。
胎児診断技術の発達により、中絶可能な時期に胎児の障害が高い確率で診断できるようになりました。
中絶の阻却事由に胎児の障害を加えること(胎児条項)には、
賛否両論があります。
法律案は胎児条項問題を女性に丸投げする形で解決しようとするものです。
法律案は、中絶は女性の意志のみで行えるとしています。
これは、胎児の障害が見つかった時に女性は中絶することができることを意味しています。
胎児条項の是非の論議は慎重に行われるべきと考えます。
法律案は、そのような問題意識を欠いています。

⑤女性の責任論を増幅


欧米諸国では中絶が合法化され、それに引き続き中絶や避妊の無料化が急速に進みました。
中絶は社会的要請であり、個人的責任にのみ帰することはできないとの認識が広まっていたからです。
一方日本のフェミニズムでは、中絶は殺人であり女性が責任を引き受けるべきとした田中美津が否定されることはありませんでした。
田中への批判はせいぜい女性だけの責任ではなく男性にも責任があるというものでした。
その日本のフェミニズムが提起しているのが、堕胎罪廃止論です。
この状況で法律案が実施された場合、
中絶の責任を女性が一手に引き受けることになるでしょう。
水子供養はさらに繁昌することになるでしょう。
法律案は日本の女性の苦しみを救うものでは決してありません。

⑥中絶や避妊の公的負担を妨害


私は中絶や避妊費用の社会的負担(たとえば保険適用)を一度も口にしたことがありません。
日本の中絶費用や避妊費用が諸外国と比べて異常に高いことを知っていても、口にしたことはないのです。
フェミニストの中には、保険適用を声高に叫ぶものもいます。
私はなぜ保険適用を口にしないのでしょう。
中絶費用や避妊費用の社会的負担には、さまざまな理由付けが行われてきました。
その中で決定的に重要なのは、中絶は女性が望んで行っているのではないという認識です。
この認識が社会的に共有されなければ、社会的負担は実現しません。
驚くことに、日本のフェミニストは中絶や避妊について個人的責任論を受け入れているのです。
個人的責任論を受け入れながら、社会的負担を求めることは整合性を持ちません。
脳天気なフェミニストたちを眺めてはため息をついていました。
日本の中絶や避妊の費用が異常な高さなのは、
懲罰的な意味合いを帯びているからでしょう。
こんな馬鹿げたことがまかり通るのは、
女性の責任を否定する論理が決定的に弱いからです。
個人的責任論を受け入れてしまえば、
懲罰的価格にさえ抗議できないのです。
法律案では、中絶は自己責任となります。
法律案は、中絶を実質上合法化前の時代に引き戻すものです。
中絶や避妊の社会負担はさらに遠のいてしまいます。

⑦経口中絶薬の導入を妨害


経口中絶薬による中絶は、費用負担の軽減化や心理負担の軽減など、
大きなメリットがあります。
日本にも経口中絶薬の導入が必要です。
しかし、この法律案は経口中絶薬の導入の障害となります。
この法律案の特色は、自己堕胎の容認です。
自己堕胎の容認を言い換えれば、
経口中絶薬を個人輸入などで入手して使用することの容認です。
一方で、経口中絶薬による自己堕胎を容認しながら、
他方で経口中絶薬の導入を求めることは矛盾します。
法律案は経口中絶薬の導入を求めるポーズを取りながら、
実際は経口中絶薬の導入を妨害するものです。

⑧カウンセリング導入を妨害

北京会議行動綱領は、中絶合法化国と中絶非合法化国に対して、それぞれ別の要求をしています。
中絶非合法化国に対して非罰化を求めています。
堕胎罪廃止論は、日本が中絶非合法国であるとの妄想的認識の上に成り立っています。
参照 日弁連は堕胎罪廃止意見書を撤回すべき
しかし、実際は日本は中絶合法化国です。
北京会議行動綱領が中絶合法化国に対して、
信頼できる情報と思いやりのあるカウンセリングが何時でも利用できるようにすべきである
としています。
中絶合法化の国では北京会議行動綱領にそってカウンセリングの充実が図られています。
ところが、日本は中絶非合法国との認識に立てば、カウンセリングの充実は要請されていないことになります。
実際、日本では中絶に伴うカウンセリングの問題は、ほとんど等閑視されてきました。
妄想的認識が、日本の中絶環境の改善を妨害しています。

⑨中絶反対派に加担


中絶を個人的悪と捉える宗教的保守勢力があります。
宗教的保守勢力による中絶の権利の縮小の企ては失敗してきました。
しかし、これから先も、母体保護法の改悪提案がなされると予想されます。
これまでと違い、日本は人口減少社会になっています。
現在の人口減少率/数は大きなものではありません。
ところが、十数年後には経済活動にとって無視できない程度の人口減少率になります。
中絶抑制/禁止の圧力はこれまで以上に強まると考えられます。
中絶抑制/禁止論は、「中絶は女の身勝手」論に必ず立脚しています。
世界のフェミニストは、「中絶は女の身勝手」論と戦ってきました。
ところが、法律案はただ単に中絶を自由にせよと要求するものです。
日本のフェミニストの堕胎罪廃止論/法律案は、
「中絶は女の身勝手」論を裏付ける内容になっています。
堕胎罪廃止論/法律案では、中絶抑制/禁止の圧力に対抗できないように思われます。

⑩中絶の権利と避妊の権利は表裏一体


完全な避妊はありません。
どのような避妊法を取ろうと一定比率で意図しない妊娠が生じます。
意図しない妊娠をした人の全てが産める条件を持っているわけではありません。
人間は社会的制約の中で生きているからです。
産む産まないの選択が女性に迫られます。
この2つの選択はどちらも、女性に不利な選択でした。
産まない選択は、女性に身体的・経済的負担を強いるものです。
産む選択は、女性の生き方を制約するものです。
これは女性に強いられている不条理でした。
リベラルフェミニズムはこの不条理を重視しました。
そこで、だれでもアクセスできる効果的避妊を要求しました。
中絶が経済的・精神的負担にならないシステムを求めました。
出産が、女性のキャリアに不利にならない社会を求めました。
中絶や避妊は個人的な責任の問題ではなく、
社会が女性に強いている不平等の問題と考えたからです。
社会的保育の充実もシングルマザーの支援も、
性の問題から発する一連の課題と考えられたのです。
一方日本のフェミニズムでは、
性の問題はある時は女の責任と考えられ、
ある時は男女の責任と考えられました。
あくまで個人的な責任の問題として捉えられたのです。
日本のフェミニストが性の問題で提起したのは、
堕胎罪の廃止だけです。
ほとんど一枚看板といってよいでしょう。
この奇妙な提案がなされるのは、
堕胎罪が女性だけを処罰対象としている不平等な法律、
と捉えられたからです。
男女の個人的責任論の延長線上に出てきたのが、
堕胎罪廃止論です。
社会的責任論ではなく個人的責任論にどっぷりつかった日本のフェミニストは、
ピルの認可に消極的態度を取ったり、
緊急避妊薬の市販薬化に反対したり、
今なお迷走を続けています。

⑪権威主義と馴れ合い


日本のフェミニストが堕胎罪廃止論を唱え始めて30年以上の年月が経過しました。
堕胎罪廃止論は、およそフェミニズム的な主張ではありません。
それは女性の権利に反するものです。
しかし、不思議なことに堕胎罪廃止に疑義を提起するフェミニストは誰一人としていませんでした。
中には、ツイッターで堕胎罪廃止論批判を「何をこじらせたのか」ともの笑いにするフェミニストもいます。
諸外国の中絶法制を論じた学術論文には、堕胎罪と阻却との関係を明確に指摘している論文もあります。
堕胎罪廃止論の間違いに気づいているフェミニストがいるかもしれませんが、
それでも誰も声を上げません。
なぜなのでしょうか。
フェミニズムが合理的思想ではなく、教義になっているからではないでしょうか。
教義の下でなれ合うフェミニストは、決して女性達の信頼を得ることはできません。

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このエントリーは、以下の3エントリーの一部です。
他のエントリーも合わせてご覧下さい。
    堕胎罪廃止を唱えるフェミニズムの質
   日弁連は堕胎罪廃止意見書を撤回すべき
   堕胎罪廃止がもたらす日本の女性の不幸(このページ)

2015年8月10日月曜日

日弁連は堕胎罪廃止意見書を撤回すべき

日本弁護士連合会(以下、日弁連とする)は2013年6月21日、「刑法と売春防止法等の一部削除等を求める意見書」(以下、意見書とする)を公表するとともに、「内閣府特命担当大臣(男女共同参画)、同年7月4日に法務大臣、厚生労働大臣、警察庁長官宛てに提出しました」。(参照)
堕胎罪廃止は、形式的な男女平等を求める女性運動により30年間提唱されてきたところです。
しかし、堕胎罪廃止論の求める形式的な男女平等が、女性に実質的な不利益をもたらすことは以下で述べるように明らかです。
女性に実質的な不利益をもたらす堕胎罪廃止論に日弁連が与することは、納得できません。
また、意見書の堕胎罪廃止理由には重大な事実誤認が含まれており、合理的な説明になっていません。
日弁連はただちに意見書を撤回すべきと考えます。


1.中絶法制の歴史


①多産多死と無法制の時期
未開社会には中絶法制は存在しません。
病気や食糧不足などによる自然淘汰力の大きな社会では、
人為的な人口調整は必要ありませんでした。
したがって、堕胎を規制する法制度もまた必要ないものでした。

②堕胎・間引きの発生と堕胎罪の時期
衛生知識の普及や食糧事情の改善などにより、
人類は自然淘汰力を克服することになります。
つまり、死亡率とりわけ乳幼児死亡率が低下し、
人口爆発の圧力が生じます。
家や共同体は人口爆発の圧力を受け入れることができなかったので、
堕胎・間引きが発生します。
それに対して道徳的/政治的観点から堕胎・間引きを禁じる動きが生じます。
日本でいえば、1800年頃のことです。
近世の堕胎禁止法は近代に引き継がれます。
明治初年の太政官布達にも堕胎・間引きの禁止が見られます。
1907年の刑法堕胎罪は、近世以来の堕胎禁止法を踏襲したものと見ることができます。
以上の事情は、各国に共通しています。

※参照 避妊技術が生まれる歴史的必然性
※参照 嬰児殺しと間引き
※参照 堕胎罪のルーツ
※参照 福祉政策としての間引き防止政策
※参照 間引きから避妊に至る過渡期の堕胎

③堕胎罪に阻却条項を設ける時期

ロシア革命後のソ連では中絶の自由化が行われましたが、一時的な政策で終わりました。
中絶合法化の流れは、戦後の日本から始まったと言えます。
日本では1948年に優生保護法が制定され、
中絶の合法化が始まります。
欧米諸国では、1970年前後に合法化がなされます。
日本と欧米に共通する中絶合法化の背景は、闇堕胎問題でした。
そもそも、堕胎は人口増加圧力に対する社会的調整でした。
人口増加圧力の解消がなされない以上、
堕胎罪を設けても堕胎を防ぐことはできませんでした。
どの国でも、闇堕胎が広範に行われていました。
戦後日本の社会状況は闇堕胎の需要を急増大させたのであり、
その特殊状況の中で堕胎の合法化が行われました。
欧米における堕胎の合法化過程でも、
闇堕胎の問題点は合法化の大きな論拠となりました。
中絶の合法化は、一定条件の中絶を合法化して、
安全な中絶を受けることができるようにするものでした。
そのために、従来の堕胎罪はそのままに、
堕胎罪を阻却する法律が作られました。

④中絶の無償化の時期

堕胎/中絶の本質は、社会の発展にともなう人口増加圧力の調整です。
個々の中絶は個人的な出来事のようであっても、
巨視的に見れば社会が中絶/堕胎を必要としています。
そうであるならば、女性がリスクと経費を引き受けるのは不合理です。
このような考えから、避妊や中絶費用の社会負担(無償化)が進展していきました。

※参照 堕胎罪廃止を唱えるフェミニズムの質

⑤自己堕胎罪廃止の時期

中絶費用が無償化されると、敢えて自己堕胎する女性はいなくなります。
そこで、自己堕胎罪を廃止する国が出現します。
また、病院での安全な中絶が無料であれば、闇堕胎はなくなりますので、闇堕胎規制の条項が削除されることもあります。
しかし、その場合でも中絶の強要に対する罰則条項は残ります。

2.中絶法制の現状


中絶法制は、長い歴史的スパンで考えると、 上記①から⑤の方向へ進歩していると思えます。
日本は18世紀までが①、19世紀から1948年までが②、1948年から現在までが③の時期に当たります。
世界の国々の法制度の現状については、国連のまとめがあります。
表では、阻却条項の範囲が示されています。
阻却条項の全くない場合が、②の時期に相当します。
②の時期に当たる制度の国はイスラム諸国や開発途上国に見られます。
多くの国は、日本と同様に一定の阻却条項を持つ③の制度となっています。
7番目の阻却条項「On request」は、「本人の意思」を阻却条件とするものです。
「本人の意思」が阻却条項とされるのは、<一定の妊娠週数以内で、かつ「本人の意思」がある場合>等の複合規定になっているためです。
日本の中絶法制は、現在の世界の中で平均的なものであり、
決して特殊なものでないことを確認しておく必要があります。
多くの先進国は④の歴史過程にあり、その中の一部が⑤に到達しています。
日本はいち早く③の歴史段階に到達したにもかかわらず、そして先進国であるにもかかわらず、④の歴史段階に進めないでいます。

3.意見書の要旨


意見書の構成は、以下の通りです。

第1 意見の趣旨
第2 意見の理由
1 はじめに
2 現行法制定の経緯~両性の平等の視点の欠落~
3 人工妊娠中絶について
 (1) 堕胎罪(刑法第212条から第214条まで)の廃止について
  ① 女性差別撤廃委員会の勧告・国連諸機関の見解
  ② 世界保健機関(WHO)の見解
  ③ 「胎児の生命」の保護・尊重との関係
  ④ 堕胎罪適用の現状
  ⑤ 刑罰処罰に代わる施策
  ⑥ 当連合会の意見
 (2) 母体保護法第14条の人工妊娠中絶における配偶者の同意ついて

罰則規定のある堕胎罪は男女平等に反するものであり、国連等の国際機関により廃止が求められているところであるとし、堕胎罪の規定を削除するように求める内容です。
上記2で見たように、日本の現行中絶法制は世界の平均的な法制です。
その日本に対して、是正勧告が行われることは奇妙な事です。
また、中絶/堕胎の強制に対しては、どの国も罰則規定を残しています。
意見書は中絶/堕胎を行う者に対する罰則規定も廃止するよう求めています。
これも奇妙な事です。
どうしてこのような奇妙な提案がなされるのか、以下で検討することとします。


4.意見書の著作権問題


意見書は日弁連両性の平等に関する委員会の議を経て、日弁連の公式文書として提起されているものと理解します。
しかし、意見書は両性平等委員会の調査に基づいてまとめられたものではありません。
意見書は、すぺーすアライズ翻訳『安全な中絶 医療保険システムのための技術及び政策の手引き』第2版、2013(以下、『安全な中絶』とする)の「あとがき」と同一論旨であり、意見書文章の約8割は『安全な中絶』からの「引用」となっています。

両者は注記の内容まで一致しています。
しかし、意見書には『安全な中絶』からの引用である旨の明記は見られません。
著作権法上の疑義があると言わざるを得ません。
その点はさておき、すぺーすアライズは、国連・女性差別撤廃委員会による日本の政府報告書審査にかかわった団体です。
『安全な中絶』あとがきには、「この審査においては、本書を翻訳したすぺーすアライズからも審査が実施されたニューヨークにNGO として参加し、NGO レポートの提出や、ランチブリーフィングでの発言の機会を与えられ、中絶の非犯罪化を求めてアピールをした。」と書かれています。
つまり、国連・女性差別撤廃委員会の報告書はすぺーすアライズの見解を反映したものであり、すぺーすアライズは採用された見解を基に『安全な中絶』あとがきを書いているのです。
その『安全な中絶』あとがきをほぼ丸写ししたものが、日弁連意見書です。
一NPOの見解に、国連と日弁連が、二重に権威づけを行っていることになります。

5.根拠とされる国際的合意


意見書は以下のように指摘しています。

女性差別撤廃委員会は日本政府に対し,「人工妊娠中絶を選択する女性が刑法に基づく処罰の対象となり得ることを懸念する」(女性差別撤廃委員会第6回報告書審査総括所見第49段落),「委員会は,女性と健康に関する委員会の一般勧告第24号や『北京宣言及び行動綱領』5に沿って,人工妊娠中絶を受ける女性に罰則を科す規定を削除するため,できる限り人工妊娠中絶を犯罪とする法令を改正するよう締約国に勧告する」(同第50段落)としている。

ここで示されている文書は3件です。
『北京宣言及び行動綱領』は、1995年に取り決められた大綱的文書です。
「女性と健康に関する委員会の一般勧告第24号」は、『北京宣言及び行動綱領』の内容を受け、具体・詳細に記した1999年の文書です(以下では、「一般勧告第24号」」とする)。
上記2文書を受け、各国政府になされた勧告が2009年の「女性差別撤廃委員会対日本政府勧告」です。

意見書は、上記3文書のほか、拷問等禁止条約(日本は1999年加入、同年発効)、「自由権規約」(「市民的及び政治的権利に関する国際規約」(日本は1979年批准・発効)および世界保健機関から出版された『Safe abortion: technical and policy guidance for health systems』第2版(2012年)の3文書をあげ、堕胎罪が廃止されるべき根拠としています。

意見書は計6件の国際条約等を上げて、堕胎罪廃止の理由としています。
意見書は、日本の堕胎罪が廃止されるべきは国際社会の合意であることを以下のように強調しています。

人工妊娠中絶の処罰が女性のみを処罰するものであって,その不当性,不平等性は堕胎罪が存在する限り消滅しないことは,国際人権分野では確立した見解となっている。国連人権理事会が選任した「全ての人にとっての達成可能な最高水準の健康の享受についての特別報告者」は,その報告書において,中絶の犯罪化は,女性差別であり,即時の撤廃義務があると明確な見解を示している(A/66/254)。
 
しかし、1995年の北京会議以来中絶をめぐっては諸国間に極めて深刻な対立があり、中絶の合法化についてさえも十分な合意がなされていないことは周知の事実です。
日本は国連加盟国の中で標準的な中絶法制を持つ国であり、日本の中絶法制が国際的合意から逸脱しているとは、にわかに信じがたいものがあります。
意見書が根拠とする6件の国際条約等は、日本に堕胎罪の廃止を迫るものなのでしょうか。
以下で、6件のそれぞれについて検証してみることにします。

6.第4回世界女性会議(北京会議)行動綱領について


意見書の注記には、「1995年第4回世界女性会議(北京会議)行動綱領の106(k)には『違法な妊娠中絶を受けた女性に対する懲罰措置を含んでいる法律の再検討を考慮すること。』と明記されている」との指摘がなされています。

行動綱領の当該部分は以下の通りです。

(k)「国際人口・開発会議」の「行動計画」のパラグラフ8.25は,以下のように述べている。
「いかなる場合も,妊娠中絶を家族計画の手段として奨励すべきでない。全ての政府,関連政府間組織及びNGOは,女性の健康への取り組みを強化し,安全でない妊娠中絶(注16)が健康に及ぼす影響を公衆衛生上の主要な問題として取り上げ,家族計画サービスの拡大と改善を通じ,妊娠中絶への依存を軽減するよう強く求められる。
望まない妊娠の防止は常に最優先課題とし,妊娠中絶の必要性をなくすためにあらゆる努力がなされなければならない。
望まない妊娠をした女性には,信頼できる情報と思いやりのあるカウンセリングが何時でも利用できるようにすべきである。
健康に関する制度の中で,妊娠中絶に関わる施策の決定またはその変更は,国の法的手順に従い,国または地方レベルでのみ行うことができる。
妊娠中絶が法律に反しない場合,その妊娠中絶は安全でなければならない。女性が妊娠中絶による合併症に対しては,いかなる場合も女性が質の高いサービスを利用できるようにしなければならない。また,妊娠中絶後にはカウンセリング,教育及び家族計画サービスが即座に提供される必要があるが,それらの活動は妊娠中絶が繰り返されることを防ぐことにも役立つ。」
違法な妊娠中絶を受けた女性に対する懲罰措置を含んでいる法律の再検討を考慮すること。

上述したように、日本を含む多くの国では妊娠中絶が合法化されています。妊娠中絶が合法化されている国について述べているのが、「妊娠中絶が法律に反しない場合」以下の部分です。
一方、堕胎が非合法(阻却条項がない)で、全ての堕胎が違法である国も存在します。
妊娠中絶が法律に反する場合、中絶を合法化するよう記載すべきだと主張する欧州連合(EU)などと、中絶の合法化を断固として拒否するローマ・カトリック法王庁やイスラム諸国が激しく対立しました。
妥協が模索された結果、付け加えられたのが「違法な妊娠中絶を受けた女性に対する懲罰措置を含んでいる法律の再検討を考慮すること」でした。
以上の経過から明らかなように、この一文は妊娠中絶が非合法の国について述べたものです。
しかも、妊娠中絶が非合法の国に対して、中絶を合法化することさえ求めておらず、せめて当事者女性に対する罰則の再検討を求めているだけです。
(それでもなお、ローマ・カトリック法王庁は、女性と健康の節について全体的留保を表明しています)。
以上をまとめると、日本を含む妊娠中絶が合法化されている国に対して、「懲罰措置」の再検討を求めているわけではありません。
したがって、北京会議行動綱領の審議経過や文脈を無視し、中絶非合法国に対する一文を以て堕胎罪廃止の根拠とする事はできません。

7.女子差別撤廃委員会による一般勧告第 24 号について


「第4回世界女性会議(北京会議)行動綱領」の内容を具体的に記したものが、女子差別撤廃委員会による一般勧告第 24 号(第 20 回会期、1999 年)です。

一般勧告第 24 号で中絶に関係する記述は以下の2カ所です。

(14パラグラフ)
(前略)女性が適当な保健サービスを享受する機会を阻む他の障害には、女性だけに必要とされる医療処置を刑事罰の対象とする法律や、それらの処置を受けた女性を罰する法律などが含まれる。
(31パラグラフ(c))
(前略)可能な場合は、妊娠中絶を刑事罰の対象としている法律を修正し、妊娠中絶を受けた女性に対する懲罰規定を廃止すること。

上記文脈で「女性だけに必要とされる医療処置」は中絶を意味します。
医療処置としての中絶を受けた女性が刑事罰の対象となるのは、
中絶が合法化されていない国です。
中絶が合法化されている国、たとえば日本では、病院で中絶処置を受けることは刑事罰の対象ではありません。
中絶を合法化し病院で中絶処置を受けることを刑事罰の対象から除外した国では、病院で中絶処置を受ける機会は妨げられません。

一方、中絶が非合法で病院で中絶処置を受けることを刑事罰の対象とする国では、病院で中絶を受ける機会は閉ざされています。
そのことを「女性が適当な保健サービスを享受する機会を阻む他の障害」として指摘しているのです。
第4回世界女性会議(北京会議)では、中絶の合法化を求める国々は、闇堕胎による女性の健康権利の侵害をなくすために中絶の合法化を盛り込むべきだと主張しました。
一般勧告第 24 号は、中絶という直接的な表現を避け「女性だけに必要とされる医療処置」との婉曲な表現を用いながら、中絶の合法化を求める国々の主張を取り入れたのです。

問題となっているのは、中絶非合法の国の中絶問題です。
一般勧告第 24 号は、「第4回世界女性会議(北京会議)行動綱領」を踏襲して、中絶非合法の国であっても、せめて女性に対する罰則規定だけでも廃止するよう求めています。
一般勧告第 24 号は「第4回世界女性会議(北京会議)行動綱領」の内容を具体化したものですから、その趣旨に沿って解釈するのが妥当です。
そうであるならば、各パラグラフの意味は以下のようになります。

(14パラグラフ)の意味
女性だけに必要とされる医療処置すなわち中絶を刑事罰の対象とする法律や、それらの処置を受けた女性を罰する法律がある場合、処罰を恐れる女性は闇中絶を余儀なくされるが、それは女性が適当な保健サービスを享受する機会を阻む他の障害である。
(31パラグラフ(c))の意味
中絶が非合法である場合には女性は闇中絶を余儀なくされるのであり、女性のセクシュアル・ヘルス及びリプロダクティブ・ヘルスの阻害要因となるのであるから、可能な場合は、妊娠中絶を刑事罰の対象としている法律を修正し、妊娠中絶を受けた女性に対する懲罰規定を廃止すること。

繰り返しますが、中絶を受けた女性に対する処罰規定は、女性が適当な保健サービスを享受する機会を阻む障害となるとの指摘を「一般勧告第 24 号」は行っています。
日本を含む中絶合法化の法体系を持つ国では、適当な保健サービスすなわち病院での中絶が忌避されることはありません。
一方、中絶が非合法の国では、適当な保健サービスすなわち病院での中絶を忌避し闇中絶することになります。
「一般勧告第 24 号」は、中絶非合法国の法の改善を求めているものであり、日本など中絶合法国について言っているものではありません。

8.女性差別撤廃委員会の日本政府に対する勧告


意見書は以下のように指摘しています。

女性差別撤廃委員会は日本政府に対し,「人工妊娠中絶を選択する女性が刑法に基づく処罰の対象となり得ることを懸念する」(女性差別撤廃委員会第6回報告書審査総括所見第49段落),「委員会は,女性と健康に関する委員会の一般勧告第24号や『北京宣言及び行動綱領』5に沿って,人工妊娠中絶を受ける女性に罰則を科す規定を削除するため,できる限り人工妊娠中絶を犯罪とする法令を改正するよう締約国に勧告する」(同第50段落)としている。

勧告の内容を検討する前に、勧告の作成経緯について述べておきます。
勧告は委員会が独自の調査を行ってまとめたものではありません。
各国NGO等への聞き取り調査の結果をまとめたものです。
したがって、積極的なロビー活動を行ったNGO等の見解を反映したものになっています。
たとえば、二次表現規制について国内の合意はなされていませんが、
勧告には二次表現規制を主張するNGOの見解が反映されています。
中絶問題についてロビー活動を行ったのは、すぺーすアライズです。同団体訳の『安全な中絶』あとがきには、「国連・女性差別撤廃委員会による、日本の政府報告書審査に対する総括所見(2009 年)は、人工妊娠中絶を刑事罰の対象とする法律の改廃を求めている。ちなみにこの審査においては、本書を翻訳したすぺーすアライズからも審査が実施されたニューヨークにNGOとして参加し、NGOレポートの提出や、ランチブリーフィングでの発言の機会を与えられ、中絶の非犯罪化を求めてアピールをした。」と記されています。
すぺーすアライズは、国連・女性差別撤廃委員会に対して、どのような説明を行ったのでしょうか。

対日本政府女性差別撤廃委員会勧告その英文の該当部分は以下の通りです。

(49パラグラフ)
(前略)委員会はまた、十代の女児や若い女性の人工妊娠中絶率が高いこと、また、人工妊娠中絶を選択する女性が刑法に基づく処罰の対象となり得ることを懸念する。
It is also concerned at the high ratio of abortion amoung teenage girls and young women and at the fact that who elect to undergo abortion can be subjectived to punishment under the Penal Code.
(50パラグラフ)
(前略)委員会は、女性と健康に関する委員会の一般勧告第24号や「北京宣言及び行動綱領」に沿って、人工妊娠中絶を受ける女性に罰則を科す規定を削除するため、可能であれば人工妊娠中絶を犯罪とする法令を改正するよう締約国に勧告する。
The Committee recommends that the State party amend, when possible, its legisiation criminalizing abortion in order to remove punitive provisions imposed on women who undergo abortion, in line with the Comimttee general recommendation No.24 on women and health and the Beijing Declation and Platform for Action.

形式的男女平等を重んじ、堕胎罪の廃止を早くから主張していたすぺーすアライズは、中絶を合法化する母体保護法の存在に触れることなく、堕胎罪についてだけ説明した可能性があります。
堕胎罪についてだけ説明されれば、委員会は日本が中絶が非合法の国であると誤認するでしょう。
上述したように、「北京宣言及び行動綱領」や一般勧告第24号は、中絶非合法の国に対してのみ、せめて女性への罰則条項を削除するよう求めました。
50パラグラフは、まさに日本は中絶非合法国との認識を委員会が持っていたことを如実に示しています。
また、英語原文のundergo abortionは、(病院などで)中絶手術を受けるとのニュアンスです。
日本は他の多くの国と同様に、病院で受ける一定の阻却条件に適する中絶は合法ですし、病院での中絶は処罰対象ではありません。
病院で受ける中絶について処罰しないように求める勧告は、委員会が日本は中絶非合法国と誤認したからなされたものです。
このような誤認を招いたすぺーすアライズのロビー活動は、国辱的とも表しうるものです。
かかる事情を何ら検証せずに、すぺーすアライズの主張を丸呑みして意見書とした日弁連の責任は重大です。

9.中絶合法国に対して中絶の無罰化が求められない理由


「北京宣言及び行動綱領」や一般勧告第24号は、中絶非合法国に対して、中絶を受ける女性への処罰規定削除を求めています。
一方、中絶合法国に対しては、中絶を受ける女性への処罰規定削除を求めていません。
北京会議以来、中絶合法国における中絶を受ける女性への処罰規定削除を求めたのは、日本のフェミニストだけです。
中絶合法国にあっても、阻却条件を満たさない中絶に対しては処罰条項が設けられています。
それは日本だけでなく、ほとんどの中絶合法国について言えることです。
中絶合法国の阻却条件を満たさない中絶に対する処罰条項削除が求められないのには、理由があります。
中絶合法国では、中絶を原則違法とした上で(堕胎罪を存置)、一定の阻却条項を設ける法制度を取っています。
原則違法の罰則規定を削除すれば、阻却の意味が失われます。
たとえば、原則違法の処罰規定をなくし、経済的理由による「阻却」を認めると、阻却の意味が実質的に失われ、闇中絶の横行を招いてしまいます。
詳しくは、堕胎罪廃止を唱えるフェミニズムの質--ガラパゴス化したフェミニズムを参照のこと。

10.拷問等禁止条約


意見書は、「かかる中絶への制限的法律は,国連・自由権規約や拷問等禁止条約での拷問等にも該当する」と指摘しています。
日本は1999年に拷問等禁止条約加入し、同年に発効しています。
拷問とは権力による個人に対する暴力的行為そのものであり、拷問の概念が法律にまで拡大されているとは、にわかには信じられません。

意見書の記述は以下のようななっています。


「国連拷問等禁止委員会の一般的意見22では,「女性が拷問の危険にさらされている状況には,特に性と生殖に関する決定権を奪われること及び共同体や家庭における私人による暴力が含まれる。」と記載している。国際社会は,妊娠した女性本人が望まない妊娠について,本人以外が妊娠の継続を強いるという人権侵害を国家が放置することを拷問と位置付けている。」


この見解について検討してみましょう。
まず、「国連拷問等禁止委員会の一般的意見22」と書かれていますが、そのような文書は存在しません。
これは「国連拷問等禁止委員会」の「一般的意見2」の22パラグラフの間違いでしょう。(参照 英語原文)。
当該パラグラフは、以下の通りです(意見書は下線部を抄訳しています)。


State reports frequently lack specific and sufficient information on the implementation of the Convention with respect to women.  The Committee emphasizes that gender is a key factor, which intersects with other identifying characteristics or status of the person such as race, nationality, religion, sexual orientation, age, immigrant status etc. to determine the ways that women are subject to or at risk of torture or ill-treatment and the consequences thereof.  The contexts in which women are at risk include deprivation of liberty, medical treatment, particularly involving reproductive decisions, and violence by private actors in communities and homes.  Men are also subject to certain gendered violations of the Convention such as rape or sexual violence and abuse.  Both men and women and boys and girls may be subject to violations of the Convention on the basis of their actual or perceived non-conformity with socially determined gender roles.  States Parties are requested to identify these situations and the measures taken to punish and prevent them in their reports.


下線部を直訳してみました。
女性がリスクに晒される状況には、①自由の剥奪や特に性的意思決定を含む医療措置の剥奪、及び②地域や家における私人による暴力が含まれる。

「性的意思決定権を含む医療措置の剥奪」の意味するところは、強制堕胎や闇堕胎の強制と解すべきでしょう。
この文章から、国際社会は堕胎罪を拷問に該当すると認定しているとするのは、あまりに強引です。


11.自由権規約


「意見書」は、「かかる中絶への制限的法律は,国連・自由権規約や拷問等禁止条約での拷問等にも該当する」と指摘しています。
日本は、「市民的及び政治的権利に関する国際規約」を1979年に批准し、同年に発効しています。
堕胎罪が自由権規約に違背することを「意見書」は以下のように説明しています。

自由権規約委員会は,女性のリプロダクティブ・ヘルスが,身体的・心理的な尊厳の一部であり,その保護の重要性に焦点を当て,このような権利のいかなる侵害も自由権規約第7条違反を引き起こしうるとして「締約国が女性の生殖機能に関連するプライバシーを尊重することに欠けるかもしれない他の領域は,例えば不妊に関する決定権限が夫にあるところや,一定の子ども数や年齢制限のある一般的な要件が女性の不妊に課せられるところ,又は締約国が中絶をした女性の医師や保健関係の職員に法的義務を課して事例報告をさせるところである。このような場合には,規約上の他の権利,例えば第6条や第7条のような権利が危険に瀕してしまうかもしれない。」と記している7。

7 Committee on Civil and Political Rights, General Comment No. 28 on article 3 ICCPR,
UN Doc.CCPR/C/21/Rev.1/Add.10, para 20
特に,中絶の制限に対して,アイルランド政府に対する自由権規約の総括所見において,同委員会は,「女性が妊娠の継続を強いられることは自由権規約第7条や一般的意見28から導き出される義務に違背するところであるが,このようなことが起きないよう保障するよう要望して」いる(Committee on Civil and Political Rights, Concluding Observations on Ireland,second periodic report)。自由権規約委員会は,「委員会は,子どもに特別な保護を与える規約第24条と同様に第7条に従っているかを評価するために,女性に対する強姦を含む,夫婦間及びその他の形態の暴力に関して国内の法律及び慣行について情報を得る必要がある。委員会は又,締約国が強姦された結果妊娠した女性に安全な中絶をする手段があるかどうかを知る必要がある。締約国は又,委員会に対して強制的な中絶及び不妊を避けるための措置に関して情報を提供すべきである」 として(Committtee on Civil and Political Rights, General Comment No. 28, UN Doc.CCPR/C/21/Rev.1/Add.10,para 11),中絶の強制や,性暴力の結果としての妊娠中絶のアクセスの制限について,自由権規約第7条違反であると述べている。


自由権規約で問題となるのは、堕胎の強制や中絶機会の剥奪です。
日本は他の多くの国連加盟国と同じように、中絶を合法化する法制度を持つ国であり、自由権規約に抵触しません。
日弁連は「意見書」において、日本が一部のカトリック/イスラム教諸国と同様に中絶を合法化していない国である、との驚くべき見解を示しています。
 

12.『Safe abortion: technical and policy guidance for health systems』第2版


「意見書」は、2012年に公表された世界保健機関(WHO)『Safe abortion: technical and policy guidance for health systems』第2版を堕胎罪廃止の根拠としてあげています。


「意見書」は同書について以下のように説明しています。

2012年6月に,世界保健機関(WHO)から出版された『Safe abortion: technical and policy guidance for health systems』第2版においても,中絶に対する処罰規定が女性に必要な医療サービスへのアクセスを阻むものであるとして妊娠中絶の非犯罪化を求めており,また,中絶を法律で制限することによって,中絶の件数が減少するわけでもなく,出生率が著しく上がるわけでもないこと,これとは反対に,安全な中絶サービスへのアクセスを促進する法律や政策は,中絶率や中絶件数を増加させないことを指摘している。また,「中絶が法律により制限されているかどうかにかかわりなく,女性が予期しない妊娠を中絶する確率はほぼ一定です。中絶に対する法的制限のため,多くの女性が他の国でサービスを求めたり,熟練していない施術者に中絶を求めたり,非衛生的な環境での中絶を行い,死亡したり障がいを負う大きな危険にさらされます。」と人工妊娠中絶への規制が中絶の抑制にもならず,むしろ,人工妊娠中絶を切実に必要とする女性たちの生命身体を危険にさらすだけであることを指摘している。

ここで述べられていることは、中絶非合法の国の状況についてです。
日本は他の多くの国連加盟国と同じように、中絶を合法化する法制度を持つ国であり、この記述には該当しません。
日弁連は「意見書」において、日本が一部のカトリック/イスラム教諸国と同様に中絶を合法化していない国である、との驚くべき見解を示していることになります。


13.「意見書」の指摘する根拠についてまとめ


「意見書」は6件の国際条約等を上げて、堕胎罪を廃止すべき根拠としています。
わが国では、中絶法制に関する甚だしい誤認と思い込みに基づき、堕胎罪廃止を求める女性運動が30年間継続しています。
「意見書」はかかる運動の蒙昧な論理を何ら検証することなく受け入れ、牽強付会の言説を弄しています。
世界の国々の中絶法制は、中絶の合法化がなされてといる国となされていない国に大きく二分されます。
日本は中絶が合法化されている国に属します。
この認識を基にして、中絶の合法化がなされている国に対してはカウンセリングの充実や家族計画サービルの提供など、中絶の質的改善を促すことが国際的合意となっています。
中絶の合法化とは、中絶を原則禁止する規定に対して阻却条項を設けることを意味しています。
中絶の合法化がなされている国に対して、中絶を原則禁止する規定の削除を求めるいかなる国際的合意もありません。

一方、中絶の合法化がなされていない国、すなわち阻却条項を持たず、全ての中絶が一律に罪とされる国に対しては、女性に対する処罰規定の削除を求めています。
これが世界の合意です。

堕胎罪廃止を求める日本の女性運動の蒙昧な主張は、国際的合意に反するものであり、到底認められないものです。
堕胎罪廃止を自己目的化した狂信的女性運動は、日本は中絶が非合法の国であるとの妄想を主張します。
拷問等禁止条約、自由権規約、『Safe abortion: technical and policy guidance for health systems』を堕胎罪廃止の根拠としてあげているのは、
日本が中絶非合法の国であるとの妄想に取り憑かれていることを示しています。
日本は中絶非合法の国であるとの妄想に取り憑かれているかのごときNGOが女性差別撤廃委員会に対するロビー活動を行った結果、日本が中絶非合法の国であることを前提とした勧告が出されました。
「意見書」は妄想部分も含めて、NGOの主張を丸写ししています。
不見識とのそしりは免れないでしょう。

14.根拠と結論の齟齬


「意見書」の結論は、「刑法第212条(堕胎),第213条(同意堕胎及び同致死傷)及び第214条(業務上堕胎及び同致死傷)を削除すべきである」となっています。
当該条文は以下の通りです。

第212条(堕胎)妊娠中の女子が薬物を用い、又はその他の方法により、堕胎したときは、一年以下の懸役に処する。
第213条(同意堕胎及び同致死傷)女子の嘱託を受け、又はその承諾を得て堕胎させた者は、二年以下の懲役に処する。よって女子を死傷させた者は、三月以上五年以下の懲役に処する。
第214 条(業務上堕胎及び同致死傷)医師、助産婦、薬剤師又は医薬品販売業者が女子の嘱託を受け、又はその承諾を得て堕胎させたときは、三月以上五年以下の懲役に処する。よって女子を死傷させたときは、六月以上七年以下の懲役に処する。

『北京宣言及び行動綱領』、「一般勧告第24号」およびこれを基礎とする諸条約等は、中絶非合法国について中絶を受ける女子についての罰則を削除するよう求めています。
日本の堕胎罪で言えば、第212条について無罰化を求めるものです。
ところが、「意見書」は第213条と第214条についても削除を求めています。
第213条と第214条は中絶を行った者を罰する規定であり、中絶を受けた女子を罰するものではありません。
「意見書」は、何の根拠もなく第213条と第214条の削除を求めていることになります。

15.堕胎罪削除の結果


「意見書」は、刑法第212条、第213条および第214条の削除を求めています。
中絶合法化以前、堕胎罪はあっても闇中絶が横行し、女性は身命のリスクに曝されていました。
中絶の合法化とは、一定条件を満たす場合に中絶を合法化し、闇中絶のリスクから女性を救う目的を持つものでした。
「意見書」の目指す中絶法制が実現すると、日本の中絶法制は世界最悪の中絶法制となります。
刑法第212条の削除は、身命のリスクと引換に自己堕胎を選択せざるを得ない女性を生み出します。
このことについては、堕胎罪廃止を唱えるフェミニズムの質--ガラパゴス化したフェミニズムで具体的に説明しています。
「意見書」は刑法第212条だけでなく、第213条および第214条も削除するよう求めています。
第213条および第214条の削除は、闇中絶の無罰化です。
「意見書」の提案が実現すれば、日本は闇中絶の国になるでしょう。
そして、日本の女性は多大な身命の犠牲を強いられることになります。
日本の中絶法制は間違いなく世界最悪になります。
日弁連「意見書」は、正気の沙汰とは思えません。


16.日本の課題を隠蔽


『北京宣言及び行動綱領』以来、国際社会は中絶合法化諸国と中絶非合法諸国に対して、それぞれ別の対応を取ることで合意しています。
中絶合法化国である日本には、本来中絶合法化国として求められる対応があります。
ところが、日本を中絶非合法国であると国際社会に誤認させ、中絶非合法国としての対応を求めているのが「意見書」です。
日本が中絶非合法国であると国際社会が誤認すれば、中絶合法化国としての課題は隠蔽されてしまいます。
日本の女性の人権を抑圧する役割を日弁連が果たしていることを真摯に反省すべきです。

17.日弁連の取るべき対応


「意見書」に関して日弁連の取るべき対応は明らかです。
上述のように「意見書」は、日本を中絶非合法国とする妄想の上に成り立っています。
かかる妄想に立ち、牽強付会を重ねる「意見書」は、日弁連の文書としてふさわしくありません。
ただちに撤回すべきです。
日弁連は「意見書」を公表するだけでなく、「意見書」を政府機関に提出するなどのロビー活動を行ってきました。
「意見書」を撤回する旨の声明が必要です。
この「意見書」により日弁連が女性の人権に関して無関心で無知であることが露見しました。
組織の再編を含む抜本的な改変が必要です。

18.日弁連に期待すること


日弁連は日本の人権の発展に多大な貢献をしてきたと認識しています。
しかるに、こと女性の健康にかかわる人権問題については、極めてお粗末な認識しか持ち合わせていないことが「意見書」により露顕しました。
女性の健康をテーマとする「一般勧告第24号」に鑑みると、この分野の日本の状況は極めて憂慮される状況です。
諸外国で百数十円のピルについて、日本では約七千円の薬価が付けられています。
緊急避妊のガイドラインには、性感染症検査の結果をパートナーに知らせるとの記述があります。
多くの国連加盟国で市販薬の緊急避妊薬ノルレボは、日本では処方薬で価格も約10倍です。
参照 ノルレボ市販薬化キャンペーン
この国に法と正義はないと思える状況があります。
「一般勧告第24号」に即して、わが国の状況を点検し、改善を提案するのが日弁連のあるべき方向ではないでしょうか。

19.つけたし

本記事は日弁連に通知済です。

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このエントリーは、以下の3エントリーの一部です。
他のエントリーも合わせてご覧下さい。
  堕胎罪廃止を唱えるフェミニズムの質
  日弁連は堕胎罪廃止意見書を撤回すべき(このページ)
  堕胎罪廃止がもたらす日本の女性の不幸



2015年5月26日火曜日

堕胎罪廃止を唱えるフェミニズムの質--ガラパゴス化したフェミニズム

 

堕胎罪廃止論はもっともそうな主張


まず、SOSHIREN女(わたし)のからだからというグループの「― やっぱり生きていた堕胎罪 ―「堕胎罪で書類送検」に抗議する!」を読んでみて下さい。
「産めないと追いつめられ、薬を飲んで出血した女性を、誰が、なぜ、罰することができるのだろうか」と問いかけています。
この問いに対する答えは、当然誰も罰することはできないになります。
したがって、書類送検に抗議するのは正当なことです。
起訴が不当であるとすれば、起訴を可能にしている法律に問題があると考えることができます。
刑法は堕胎罪を設け、212条には自己堕胎の罪を規定しています。
自己堕胎の罪に問われるのは女性だけです。
女性だけが罪に問われるのは、男女平等に反するのではないか。
そのように考えれば、堕胎罪は廃止すべきだとなります。
頭で(観念的に)考えれば、堕胎罪廃止の要求はもっともな主張に見えます。
2010年にはSOSHIRENなどが、堕胎罪撤廃100万人署名の運動を行いました。
その運動のブログには、賛同人の名簿が掲載されています。
そうそうたるメンバーです。
堕胎罪廃止運動は長年にわたって継続されており、
フェミニスト界隈に広く浸透しています。
堕胎罪廃止に異議を唱えた「フェミニスト」を私は知りません。

中絶合法化と何だったか


堕胎罪廃止を唱える「フェミニスト」の皆さんは、
中絶合法化の歴史を当然ご存じだと思います。
日本では1948年に優生保護法が施行されました。
優生保護法は世界に先駆け中絶を事実上公認したものですが、
人口政策(人口抑制・優生学)のための立法で諸外国の中絶合法化とは性質を異にしています。
欧米諸国では1970年代前後に中絶が合法化されます。
中絶の合法化が行われる最大の要因は、
闇堕胎の存在でした。
立法で堕胎が禁止されていても、
堕胎を必要とする女性は必ずいます。
それは日本でも欧米でも同じでした。
闇堕胎にはいくつかの問題点がありました。
1つは、闇堕胎はしばしば安全性に欠けるものでした。
2つは、闇堕胎の中には法外な代金を請求する者がいました。
3つは、当事者女性の心理的負担(罪の意識)が大きいものでした。
中でも安全性の問題は重要で、命をかけなくてはならない理不尽さの問題が、
中絶合法化の最大の要因でした。
中絶合法化後の人口統計で出生数の大きな落ち込みは見られず、
中絶合法化は闇中絶を合法化したものに過ぎないことを示しています。
つまり欧米における中絶合法化の意味は、中絶の安全化でした。
長年にわたる女性の身体・生命の犠牲の上に実現したのが、
欧米の中絶合法化です。

安全な自己堕胎はない


上に述べたような歴史的経緯からすれば、
中絶の権利とは安全な中絶の権利と言い換えてもよいほどのものです。
このように考える私からすると、「フェミニスト」の皆さんが主張する堕胎罪の廃止は理解できません。
冒頭に示した「やっぱり生きていた堕胎罪」の文章をもう一度読んでみましょう。
起訴された女性は経口中絶薬を使用しています。
現在、自身で使用するための経口中絶薬の入手が禁止されているのは、
堕胎罪があるためです。
堕胎罪が廃止されれば、経口中絶薬を個人輸入し自己堕胎することが可能になります。
堕胎罪の廃止は、経口中絶薬による自己堕胎の容認と同義です。
経口中絶薬による中絶は、中絶が合法化された当時の闇堕胎よりはるかに安全です。
しかし、先進国の基準で考えれば、経口中絶薬による自己堕胎が安全とはとても言えません。
多くの国で経口中絶薬が薬品として承認されていますが、
市販薬とされている先進国は1カ国もありません。
経口中絶薬は医療の管理下で使用しないと、安全性が確保できないからです。
堕胎罪廃止論は女性のための主張のようで、
その実は日本の女性の安全な中絶を受ける権利を台なしにしてしまうものです。
中絶合法化の歴史を逆回転させ合法化以前の状態に戻してしまうものです。

権利の保障とは何か


本題から外れます。
権利は法律の文面の中にあるのでしょうか。
違います。
権利は実質化されてはじめて意味を持ちます。
教育を受ける権利を例に説明してみましょう。
憲法26条は「すべて国民は、法律の定めるところにより、その能力に応じて、ひとしく教育を受ける権利を有する」と規定しています。
この規定により、親が子に教育を受けさせる義務を負い(義務教育)、
子どもは中学校までの教育を受ける権利を持っています。
義務教育とは言いますがそれは親の義務で、
子どもから見ると権利です。
もし、仮に小中学校に高い授業料が必要だったとします。
いくら費用がかかろうと子どもを学校にやることのできる高所得家庭もありますが、
子どもを学校にやれない家庭も出てきます。
親の所得により教育を受けれたり受けれなかったりするのでは、
権利が保障されているとはいえません。
そこで国は親に代わって教育を受けれない子どもを支援することになります。
小中学校の設置があり学校に通える子どもがいるというだけでは、
教育を受ける権利があるとは言えないのです。
たとえ貧しくとも誰もが等しく学校に行けて始めて、権利と言えます。
権利は保障されてはじめて実質化されるものです。

中絶の権利とは何か


教育を受ける権利を例に権利の実質化について書きました。
中絶の権利は憲法で保障された権利ではないので、
国に保障する義務はないかもしれませんが、
中絶も権利であるならば保障されなくては意味がないものです。
だれでも享受できてはじめて権利と言えます。
中絶の費用は10万円前後です。
月数が進むと数十万円の費用がかかります。
この金額を負担に感じない人もいるでしょう。
しかし、決して誰でも負担できる金額ではありません。
各国の中絶費用について調べたことがありますが、
日本の中絶費用は先進国の数倍です。
治療として保険適用のある中絶がありますが、
日本の健康保険が中絶費用として認定している金額と比べても数倍です。
中絶が保障されるべき権利であるならば、
まずこの費用の高さが問題にされなくてはなりません。
日本は中絶の権利が保障されている国とは言えません。

フランスにおける中絶の権利


フランスは中絶に反対のカトリック信者が7割を占める国です。
フランスで中絶がようやく合法化されたのは、1975年です。
日本よりも20年以上遅れて合法化されました。
そのフランスでは、中絶や避妊を女性の権利とするたゆまぬ努力が継続されました。
2014年1月、議会は「妊娠を続行するか否かを選ぶのは女性の権利である」とする条項を可決しました(参照中絶を容易にする条項を可決、反対運動も/パリの日本語新聞オヴニー)。
この条項が可決された背景には、40年間にわたり中絶を女性の権利として実質化する運動の積み重ねがありました。
1975年の中絶合法化は運動の終わりではなく、運動の始まりでした。
フランスの運動を年表にまとめてみました。

1920年 中絶禁止、避妊情報提供禁止(7月31日法)
1955年 中絶部分解禁(母胎生命危険条件)
1956年 グループ「幸せな母性」結成
1958年 家族計画のためのフランス運動(MFPF)スタート
1967年 ピル解禁(ニューヴィルト法)
1960年代 MFPF、34支部・会員数11万人・数百カ所の避妊相談所
1969年 女性解放運動(MLF)結成
1971年 市民団体「Choisir選択」結成
1971年 343人宣言(Manifeste des 343)
1973年 妊娠中絶と避妊の自由化運動(MLAC)スタート
1974年 避妊ピルに保険適用、18歳未満のピル無償化へ(12月4日法)
---------------
1975年 中絶合法化(ヴェイユ法)
1982年 中絶に保険適用(約360ユーロ保険負担、約90ユーロ自己負担)
1988年 経口中絶薬(RU486)承認(230ユーロ程度)
1988年 人工妊娠中絶妨害罪新設
1994年 刑法堕胎罪改正(堕胎罪→非合法中絶罪)、公衆衛生法典制定
2001年 未成年者についての両親承諾条件廃止(中絶と避妊にかんする法律)
2011年 第2次343人宣言(参照 薔薇の言葉)
2012年 中絶費用無償化(18歳未満の無料中絶を全年齢に拡大)
2012年 15-18歳女性の避妊を完全無料化

以下では、フランスにおける中絶の権利保障の実現を詳しく見ていくことにしましょう。

中絶の権利と避妊の権利は表裏一体


家族計画のためのフランス運動(MFPF)は、フランス家族計画協会と訳されることがあります。
日本の家族計画協会に相当する組織ですが、
性格は非常に異なっています。
日本の家族計画協会は、国策を推進する半官半民の組織としてスタートしました。
一方、家族計画のためのフランス運動(MFPF)は、避妊情報の提供も中絶も禁じられていた時代に作られました。
同時期の性の権利を求める団体は、互いに関係があったり、連携したりしながら、運動を進めました。
避妊を求める団体は中絶の自由も求めましたし、中絶の自由を求める団体は避妊の自由化も求めました。
運動の成果には、ある種の法則が見られます。
ピルの解禁が先行し、遅れて中絶の合法化が実現します。
ピルに保険適用が先行し、遅れて中絶の保険適用が実現します。
18歳未満の避妊無償化が先行し、遅れて18歳未満の中絶費用無償化が実現します。
18歳未満の中絶無償化が先行し、遅れて全年齢の中絶費用無償化が実現します。
運動が、中絶の権利と避妊の権利を表裏一体と捉えていたからです。

大衆運動と知識人


家族計画のためのフランス運動(MFPF)がスタートするのは、1958年です。
厳密に言えば、非合法活動でした。
この運動は10年の間に大きな大衆運動に発展しました。
フランス全土に34支部が設けられ、会員数は11万人に上りました。
町々には避妊相談所が設けられました。
専門職や知識人は、ボランティアでこの大衆運動をリードしました。
また、側面から強力にバックアップしました。
1971年に著名な女性343人の宣言が雑誌に掲載されます。
彼女たちは、自分も闇中絶をしたことがあると告白し、
逮捕するなら自分を逮捕しろと訴えました。
この勇気ある行動は3年後の中絶合法化を導く大きな力となりました。
343人の宣言からちょうど40年後の2011年、第2次343人宣言が出されました。
翌年には、中絶費用の全面無償化と15-18歳女性の避妊の完全無料化が実現しました。 

弱者への眼差し


1971年宣言の女性343人と2011年宣言の女性343人は、
どちらも社会的地位のある女性でした。
お金のある女性は中絶にも避妊にも困りません。
フランスが中絶を禁止していた頃、イギリスはすでに中絶を合法化していました。
お金のある女性はイギリスに堕胎旅行に出かけました。
海外での中絶が罪に問われることはありませんでした。
中絶を禁止し避妊へのアクセスを困難にすれば、
困るのはいつも弱者です。
フランスのフェミニストは弱者への眼差しを持ち続けているように見えます。

弱者に犠牲を強いる堕胎罪廃止


話を日本に戻します。
経口堕胎薬を服用して起訴されたのは、
22歳の無職の女性でした。
彼女はなぜ病院で中絶手術を受けなかったのでしょうか。
その事情はわかりません。
想像ですが、無職の彼女には、
病院で手術を受ける10万円のお金がなかったのかもしれません。
10万円のお金が用意できない女性は少なくありません。
10万円のお金が用意できない女性が、
自身の身体を危険にさらしながら、
逮捕起訴されるかもしれないリスクを取って、
敢えて選択しているのが自己堕胎です。
わが国の「フェミニスト」は堕胎罪の廃止を主張します。
では、堕胎罪が廃止されたらどうなるのでしょう。
お金のある女性は病院で中絶手術を受け、
お金のない女性は自己堕胎することになるでしょう。
それが「フェミニスト」のいう中絶の権利でしょうか。
違います。
フランスでお金のある女性は外国に堕胎旅行に出かけれたけれども、
お金のない女性は闇堕胎を強いられていました。
その理不尽を終わらせようとしたのが、
中絶合法化の運動でした。
堕胎罪廃止を主張する「フェミニスト」は、
中絶合法化以前の状態に引き戻そうとしているように思えます。

中絶弱者としての未成年女性


日本でも妊娠に気づかず手遅れになる少女の事例が話題になることがあります。
あるいは、トイレで出産してしまった少女の事例が話題になることがあります。
そして、それらのケースについて、しばしば教育の不備が指摘されます。
教育の不備の指摘は間違いではありません。
教育を充実する必要があります。
しかし、未成年者の妊娠は、教育だけでは解決できない問題を含んでいます。
フランスでは中絶のできるのは、10週(現在は12週)まででした。
親に知られたくなかったり、
病院の敷居が高かったり、
心理的葛藤があったり、
少女達には決断を鈍らせる要素がいくつもあります。
もちろん、お金の問題もあります。
結果として、中絶できる期限を越えてしまう少女がいます。
中絶が権利であっても、未成年の女性は権利の埒外に置かれているのではないか。
フランスの年表をもう一度見て下さい。
18歳未満ヘの避妊の無料化、中絶の無料化がいち早く実現しています。
弱者が権利の埒外に置かれないようにすることに配慮がなされてきたからです。

堕胎罪廃止の条件


堕胎罪は男女平等に反するといって堕胎罪を廃止しても、
女性が孕む性であることが変わるわけではありません。
ただ堕胎罪を廃止するだけでは、女性は危険な堕胎を甘受しなくてはならなくなります。
現在の日本で堕胎罪廃止を主張するなど、
私から見れば正気の沙汰とは思えないのです。
諸外国のフェミニストは堕胎罪の廃止を目標にしたでしょうか。
いいえ、決してそうではありません。
諸外国のフェミニストは闇堕胎(自己堕胎)に追い込まれる女性をなくそうとしてきました。
望まない妊娠がなければ、中絶はありません。
中絶へのアクセスが容易であれば、わざわざ自己堕胎する女性はいません。
諸外国のフェミニストは避妊へのアクセス改善に努力し、
中絶へのアクセス改善に努力してきました。
そして、それは大きな成果を上げています。
病院での中絶が無料の時、わざわざ自己堕胎する女性はいません。
わざわざ自己堕胎する女性がいないのであれば、
堕胎罪があろうとなかろうと大きな問題ではなくなります。
中絶の権利の実質的な保障は、堕胎罪廃止の条件です。
先進国の中で日本ほど避妊へのアクセスが困難で、
中絶へのアクセスが困難な国はありません。
「フェミニスト」にはこの現実が見えてないのではないでしょうか。

中ピ連粛清で失ったもの


1972年、榎美沙子氏は中絶禁止法に反対しピル解禁を要求する女性解放連合(以下、中ピ連)を結成しました。
中ピ連には指摘されているような未熟さがあったことは事実です。
しかし、①女性の身体問題への着目、②弱者への視点、③行動主義の3点において、欧米リブと共通点を持っていました。
中ピ連は短期間のうちに、その未熟さの故に自壊します。
自壊した中ピ連について距離を置く、あるいは異端視するフェミニズムが日本に成立しました。
それはきつい言葉で言えば、中ピ連的なるものの粛清でした。
フランスでは、①女性の身体問題への着目、②弱者への視点、③行動主義の3点は、50年間綿々と引き継がれてきました。
一方、それを切り捨てた日本のフェミニズムは、ガラパゴス化したのではないかと考えます。

ガラパゴス島に橋を架けよう


2年ほど前のツイートです。
50年間、世界中のフェミニストが胸に刻んできた言葉です。
私たちの国には、意図しない妊娠に苦しんでいる女性がいます。
しかし、イギリスで百数十円のピルは、日本では7000円の薬価です。
緊急避妊すれば防げる妊娠があります。
諸外国ではドラッグストアで買えランチ代ほどの値段です。
日本では、病院を受診し約1万5千円ほどの費用が必要です。
どんなに完全に避妊しても、望まない妊娠は生じます。
諸外国では中絶費用は保険の適用があったり、
負担にならない額に抑えられています。
日本では中絶するのに10万円はかかります。
私達の国は、避妊や中絶の権利がないに等しい状態です。
その中で、苦しむ女性がいます。
その女性達の側に寄り添う人がフェミニストです。
日本にはフェミニストはいたのでしょうか。

日本の女性の性が置かれている状況は、
とてつもなく酷い状態です。
数年前、日本のピルについてガラパゴス島に橋を架けたいと書きました。
日本のピルがガラパゴス化している原因の一つは、
フェミニズムのガラパゴス化です。
ノルレボの市販薬化は、ガラパゴスに架かる最初の橋になるでしょう。
日本の女性の力で橋を作りましょう。

(携帯)すぐに必要な時がある。緊急避妊薬ノルレボを市販薬に!
(web)すぐに必要な時がある。緊急避妊薬ノルレボを市販薬に!

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このエントリーは、以下の3エントリーの一部です。
他のエントリーも合わせてご覧下さい。
  堕胎罪廃止を唱えるフェミニズムの質(このページ)
  日弁連は堕胎罪廃止意見書を撤回すべき
  堕胎罪廃止がもたらす日本の女性の不幸

2015年5月3日日曜日

「ノアルテンに関する誤解」の誤解


ミニピルの定義は曖昧で、伝統的なミニピル定義からするとノアルテンはミニピルではありません。
その点を突っ込む人がいるかもしれないなと思い、上記のツイートをしておきました。
このほど、あるブログで 「ノアルテンに関する誤解」という記事が書かれているのを教えてくれる人がいました。
記事の末尾にはご丁寧に、
「大事なおまけ
 某サイトをみて、ノアルテンをmini-pill代わりに使われている方はいませんか?ご注意を。」
と書かれていました。
リンクなしのご紹介なので、当ブログでもリンクは致しません。
その記事の内容は以下の通りです。

*****************************
ノアルテンに関する誤解

まず、mini-pillの説明から
 mini-pillにはノルエチステロンが0.035mg(35microgram)含まれています。もう少し多く含まれているものもありますが、35~50microgram程度のものが多いです(日本では未発売)。
 そもそも、なぜmini-pillというものが存在するかというと、卵胞ホルモン(エストロゲン)が入っていないので血栓症のリスクが増えないので安全だからです。普通の混合型ピルよりも避妊効果は少し弱いのですが、血栓症のリスクが高い人でも使うことができるというメリットがあります。

「それならば、ノアルテンも血栓症のリスクが増えないのでは?」と多くの産婦人科医は考えますが、その点について、少しずつ解説します。

少し脱線して
 月経を遅らせる場合、欧米ではノルエチステロン(5mg)剤を1日に3錠服用します。これを、月経が来てもよい日まで毎日(最長2週間まで)服用します。日本では、月経周期延長を目的とする際には通常1日に1錠服用します(薬の添付文書に書いてあるので)。

元に戻って 
 最初はノルエチステロン(5mg)剤を服用しても血栓症のリスクは変わらないだろうと考えられていました。そして、今でもそう思っている産婦人科医が多いと思われます。
ところが、
 「治療に使うレベルの多量の黄体ホルモンを使用していると静脈血栓症、動脈血栓症のリスクが高くなる」
ということを示す2つの論文が、1999年、Lancetという世界的に有名な総合医学誌に発表されました。ちなみに、治療に使うレベルの多量というのはノルエチステロン(5mg)を1日に2~4錠服用するくらいの量です。

 ところで、5mg錠を1日1錠なら安全かといえば、そうでもありません。1997年のContraceptionの論文からすると、ノルエチステロン1mgが体内で代謝されて4~6 microgramのエチニルエストラディオール(EE)に変換するとされています(EEとは合成エストロゲンのことです)。

 低用量ピルに含まれているEEは20~35 microgram、当然ながら、これは血栓症を減らすために少なくされています。中用量ピルのEEは50 microgramです。

 ノアルテン(ノルエチステロン5mg)が全てEEに変換されたとすると(そんなことはありませんが)EEが20~30 microgramになり、これは普通の低用量ピルに相当する卵胞ホルモン(エストロゲン)量です。ですから、ノアルテン1日1錠服用は通常の低用量ピルに近いくらいの血栓症のリスクがあると考えてよいです。欧米の女性が使う1日3錠は中用量ピルをはるかに上回るエストロゲン量になります。
 製薬会社(バイエル)は、これらの経緯を受けて、ノルエチステロン5mgを混合ホルモン型のピルと同程度のリスクがあるとする安全性情報や注意勧告を発表しています。

最初の質問の答え
「ノアルテン(5mg)1錠分には普通の低用量ピル1錠分並みの血栓症リスクがある」
と考えておくのが安全で無難です。患者さんや月経移動をする方にもそう伝えるべきでしょう。

大事なおまけ
 某サイトをみて、ノアルテンをmini-pill代わりに使われている方はいませんか?ご注意を。

*****************************

上記ブログについてのご質問には当ブログのコメント欄でお返事したのですが、
一部加筆し以下に再掲することにしました。

(以下再掲)
ご指摘のサイトの趣旨は、
「ノアルテン(ノルエチステロン5mg)が全てEEに変換されたとすると(そんなことはありませんが)EEが20~30 microgramになり、
これは普通の低用量ピルに相当する卵胞ホルモン(エストロゲン)量です。
ですから、ノアルテン1日1錠服用は通常の低用量ピルに近いくらいの血栓症のリスクがあると考えてよいです」
ということになります。

まず一般論ですが、
理論上リスクがあると言うことと実際にリスクがあると言うことは、
別問題です。
医学は経験科学ですから、実際のリスクが問題となります。
実際のリスクについては、後で述べることにします。

血栓リスクは見かけ上エストロゲン用量に依存的ですが、
実際はエストロゲン:アンドロゲン比によって決定されます。
単にエストロゲン用量の多寡が血栓症リスクの決定要因ではありません。
ご指摘のサイトはこの点に触れていませんので、
私もこの問題には触れないことにします。

リンクサイトでは少し古めの研究を基にEE変換量を推測していますが、
同意しかねます。
現在の研究では10–20 mgのノルエチステロンはエストロゲン20–30mcgの低用量ピルと等しいとされています。("a daily dose of 10–20 mg NETA equates to taking a 20–30 µg EE COC." Chu MC,Zhang X,Gentzschein E,et al. Formation of ethinyl estradiol in women during treatment with norethindrone acetate. J Clin Endocrinol Metab 2007;92:2205–2207)
つまり、日量2~4錠のノアルテンが低用量ピルのエストロゲンと等量なのであり、5mgのノアルテン日量1錠が低用量ピルと同等だと言うことにはなりません。

仮に血栓リスクがエストロゲン用量によってのみ規定されるとします。
上記サイトでは混合ピルに含まれるエストロゲン量とノアルテンから代謝されるエストロゲンを比較しています。
しかし、エストロゲン量を比較するのであれば、混合ピルに含まれる黄体ホルモン剤から代謝されるエストロゲン量も考慮すべきです。
具体的に言えば、オーソMはEE35mcgとノルエチステロン1mgです。
ノルエチステロン1mgから理論上最大5mcg前後のEEが変換されますから、
合計EE量は40mcgとなりノアルテンから変換されるEE量よりもかなり多くなります。

エストロゲン用量についてもう1点考慮すべき問題があります。
血中エストロゲン量は、経口摂取したエストロゲン量と生体由来エストロゲン量の合計です。
低用量ピルやミニピルの服用初期(おおむね3周期)には、
卵巣活動の抑制は不十分で卵胞からエストロゲンが分泌されます。
これは服用初期に血栓症リスクが高くなる一つの理由です。
5mgのノアルテンでは卵胞活動は強力に抑制され、
排卵はまれにしか見られません。
つまり5mgのノアルテンでは生体由来のエストロゲンが抑制されますから、
血中エストロゲンがホルモンコントロールフリーの状態より高くなることはありません。

ノアルテンは狭義のミニピルではありません。狭義のミニピルは排卵を抑制しない程度の低用量黄体ホルモン剤です。
しかし、排卵を抑制する強力なミニピル(Cerazetta) が発売されたこともあり、
progestogen-only pill(POP)という言い方が多用されるようになりました。
POP=ミニピルは誤解と言えば誤解なのですが、
区別がなくなっているのが実態です。
ノアルテンと同一製剤同一用量のピルが「ミニピル」として用いられています。
5mgのノアルテンはかなり多用されています。

ノルエチステロンによる血栓症リスクの実態については、
以下の報告があります。
Sundström A, Seaman H, Kieler H,et al. The risk of venous thromboembolism associated with the use of tranexamic acid and other drugs used to treat menorrhagia: a case-control study using the General Practice Research Database. BJOG 2009;116:91–97.
Mansour D. Safer prescribing of therapeutic norethisterone for women at risk of venous thromboembolism. Journal of Family Planning and Reproductive Health Care 2012.
1日5mgのノアルテンが血栓症リスクを高めるとの報告はなされていません。血栓症リスクに関係するのは、少なくとも10mg以上の治療的投与の場合のみです。

日量5mgのノアルテンが低用量ピルと同等の血栓症リスクを持つというのは、現時点で根拠はありません。
低用量ピルよりも明らかに低リスクであると考えます。
しかし、ノルエチステロン日量5mgは長期間の使用には高用量です。
だから、低用量ノルエチステロンの文字通りのミニピル認可が必要と考えています。
(以上再掲)

ピルやミニピルを服用していなくても一定の血栓リスクはあるわけで、
注意することがダメなわけではありません。
しかし、「ご注意を」の意味が、ノアルテンでも低用量ピルや超低用量ピルと同程度の血栓リスクがあると言うのなら、疑問に思えます。
漠然と「ご注意を」と書くのならもう少し親切な書き方もあるように感じます。
たとえば、糖尿病患者では血糖値の上昇に注意するとか、
(インスリン抵抗性が高まり間接的に動脈血栓リスクを高めるおそれがある)
半錠/日服用でも問題ないとか、
女性に有用な情報提供があるのではないかと思ったりします。

2015年4月18日土曜日

妊娠確率の話

ヒトは妊娠しにくい生物


自然界の生物にとって、セックスは子孫を遺すための行為です。
セックスによる妊娠確率が高いほど、種の保存には有利です。
そのため、多くの動物は1度のセックスでほぼ100%妊娠します。
しかも、動物の多くには発情現象が見られます。
発情現象は妊娠効率を高めるものです。
ヒトには発情現象もありません。
ヒトは妊娠効率を高める仕組みを失った、特異な生物です。

妊娠確率についての研究


妊娠確率についての科学的研究はウィルコックスによってなされました。ウィルコックスの1995年の論文は、今でも引用される古典的研究です。
Wilcox AJ,Weinberg CR,Baird DD. Timing of sexual intercourse in relation to ovulation: effects on the probability of conception, survival of the pregnancy and sex of the baby. N Engl J Med 1995;333:517–521.
  「ピルとのつきあい方」旧版では、ウィルコックスの新しい論文を公刊とほぼ同時に紹介したことがあります。
ウィルコックスの1995年論文は妊娠確率についての基本文献ですが、不思議なことに日本ではウィルコックス説を無視する言説が幅をきかせています。
ウィルコックス論文は規模が小さいなどの難点はありますが、この論文で明らかにされた知見を否定する研究はなされていません。

6日間のウィンドウ


ウィルコックスによると、月経周期の中で妊娠可能なのは、排卵日を含む6日間と言います。
ウィルコックスの研究を以下に示します。
排卵日、排卵日前日、排卵日前々日の3日間は3割強の妊娠確率です。
その前の3日間は1割前後の妊娠確率です。
ヒトには発情期がありませんから排卵を予想できませんが、
もし予想できたとしても妊娠確率は3割強であり、動物と比べるとヒトは妊娠しにくい生物です。

精子の寿命は1週間と考える


ウィルコックスの研究が示している精子の寿命(受精能力)は6日間です。
「ピルとのつきあい方」は一貫して精子の受精能力は1週間としてきました。
排卵は排卵日の正午の時報とともに起きるのではありませんから、
その誤差を考慮すると7日間は受精能力が保持されると考えた方が無難だからです。
これは私の発明ではなく、ウィルコックスの研究を参照した欧米の性教育でそのような説明がなされていたので、それを踏襲しただけです。
ところが不思議なことに日本では、精子の受精能力は3日だという説が広まっています。

妊娠確率を上げることはできない


妊娠に最適のタイミングでセックスがなされた時、妊娠確率は3割強です。
それでは、セックスの回数を増やせば妊娠確率は上がるのでしょうか?
たとえば、排卵日と排卵日の前日、前々日と3回セックスすると、
妊娠確率は3倍になるのでしょうか?
答えはノーです。
3割強というのはヒトという生物の妊娠能力を示しています。
セックス回数で妊娠確率を上げることはできません。
3回セックスしても、妊娠確率はやはり3割強です。
ハネムーンベビーを望んでも3割強以上の確率にはなりません。

セックス頻度と妊娠の関係


セックスの頻度はカップルにより相当大きな違いがあります。
セックスの頻度と妊娠の可能性にはどのような関係があるのでしょうか。
ウィルコックスの示しているデータを下の表のように単純化して、
シミュレートしてみましょう。

月経周期01~0910111213141516~28
妊娠確率
0
111111353535
0

表は28日周期の女性では、ピンクで示した妊娠確率11%の日が3日、赤で示したむ妊娠確率35%の日が3日あることになります。

 2日に1度の頻度で性交渉がある場合、下の表のように赤で示した妊娠確率35%の日に少なくとも1度は性交渉がもたれることになります。

2日に1度の頻度
月経周期0910111213141516妊娠確率
パターン1 × × × ×35
パターン2× × × × ×35
合計35

したがって、1月経周期中の妊娠確率は35%になります。
性交渉が毎日であっても、3日に1回であっても、妊娠確率は35%で違いはありません。

性交渉頻度が4日に一度の場合はどうでしょうか。
下の表に示すように、妊娠確率は35%となる事もあれば、11%となる事もあります。
各パターンの頻度は同じなので、性交渉頻度が4日に一度の場合の妊娠確率は29%となります。
4日に一度の頻度でも、それほど大きく妊娠確率が低下することはありません。

4日に1度の頻度
月経周期0910111213141516妊娠確率
パターン1 × × × × × ×35
パターン2× × × × × ×35
パターン3× × × × × ×35
パターン4× × × × × ×11
合計29

さらに頻度が低下し7日に1度の頻度の場合、1ヶ月間の妊娠確率は19.7%になります。

7日に1度の頻度
月経周期0910111213141516妊娠確率
パターン1× × ×× × ×
パターン2× × × ×× × ×11
パターン3× × × × ×× ×11
パターン4× × × × × ××11
パターン5×××××××35
パターン6×××××××35
パターン7×××××××35
合計19.7

レイプによる妊娠確率は4.9%


上で用いたシミュレーションを28日に1度の頻度にしてみましょう。
妊娠確率0%のパターン1とパターンの日が22日あります。
月経周期28日の中の任意の1日だけ性交渉があった場合の妊娠確率は、4.9%となります。
この4.9%はレイプによる妊娠確率の理論上の数値です。
(実際は精神的ショックが排卵を誘発することがあるため、4.9%よりやや高くなります。)

28日に1度の頻度
月経周期01~0910111213141516~28妊娠確率
パターン1× × ×× × ××
パターン2× × × ×× ××11
パターン3× × × × ×× ×11
パターン4× × × × × ××11
パターン5×××××××35
パターン6×××××××35
パターン7×××××××35
パターン8×××××××
合計4.9

緊急避妊効果の算定数値


緊急避妊の説明では、緊急避妊しない場合の妊娠率を8%とし、緊急避妊により妊娠率を2%まで低下できるとしています。
この説明の緊急避妊しない場合の妊娠率8%については、問題視する考えがあります。
緊急避妊研究の第一人者であるTrussell, Jもその一人です。
妊娠率8%は、次の月経直前とか妊娠リスクの低いケースでは緊急避妊を受けないだろう、
との前提で考えられた数字です。
つまり、生理中や次の生理前の10日ほどの間に避妊失敗があっても、
緊急避妊は受けないとの前提に立っています。
しかし現在、避妊の失敗があれば、生理周期のどの日であるかに関係なく緊急避妊を考慮するよう推奨されています。
そうであれば想定妊娠率の8%は高すぎるのではないか、
との疑問が出るのは当然です。

妊娠確率ゼロの日はない


ウィルコックスは1995年の論文で、月経周期中妊娠可能性のあるのは6日間だけであることを示しました。
排卵日があらかじめ分かっていれば、この6日間以外の日は妊娠確率ゼロということになります。
しかし、実際には排卵予定日に必ず排卵があるわけではありません。
排卵の実際に起こる日は予測不可能なのです。
ウィルコックスは2000年の論文で、妊娠可能な6日間が月経周期のどこで生じているのかを明らかにしました。
その結論を一言で言えば、妊娠確率ゼロの安全日はないとなります。
ウィルコックス2000年論文が出された直後に、「ピルとのつきあい方」旧版はその論文の抄訳を掲載しました。

2015年3月27日金曜日

菅原彩加さん被災体験の事実関係について

やや本ブログのテーマからそれますが、菅原彩加さんに対する目にあまる中傷が行われていますので、特別にこの記事を投稿することにしました。


2011年6月7日、CNNは「日本の津波孤児の現状」を配信しました。
現在、動画は見れなくなっていますが、番組内容は以下で知ることができます。
http://edition.cnn.com/2011/WORLD/asiapcf/06/07/japan.tsunami.orphans/
この番組は、あしなが育英会が6月7日~12日にかけてニューヨークで行った「東北レインボーハウス」建設のための街頭募金に関連したものです。
(参照 あしなが育英会「東北津波遺児らが米国NYタイムズスクエアで街頭募金実施!」)
菅原彩加さんはニューヨークに赴いた高校生代表の一人だったので、CNNは石巻で菅原さんを取材しこの番組を制作しました。
この番組で菅原さんは経験を具体的に証言しています。
CNN番組での菅原さんの証言を見て見ましょう。(青字は引用)


家は瞬時にバラバラになった


津波が彼女の家を襲った時、彼女は階段にいました。
お母さんは2階にいて、お祖母さんと曾お祖母さんは1階にいました。
彼女の愛犬も1階でした。
地面から大きな音が聞こえ、家は一瞬でバラバラになりました。
彼女は死んでしまうと思いました。

(菅原さんの家の跡

大川小学校のプールまで流された


彼女の家から大川小学校までは100メートルです。
津波の第1波で彼女とお母さんは大川小学校のプールまで流されました。

(家から100mの大川小学校のプール http://edition.cnn.com/2011/WORLD/asiapcf/06/07/japan.tsunami.orphans/)


極限状態での母娘の会話


瓦礫に埋もれていた彼女は水が引いていくのを感じました。
お母さんは彼女のすぐ近くにいて、生きていて話しもしました。
お母さんは右足が瓦礫に埋もれ動くことができませんでした。
お母さんは彼女に逃げるように言いました。
(その時の詳しい状況を彼女は語りました。
彼女の顔は無表情でした。)
彼女「わかった。私行くね。」
お母さん「行かないで。まだここにいるんだから。」

(大川小学校の瓦礫の状態 http://f.hatena.ne.jp/takasama1/20110421202102)

 

津波の第2波


彼女が瓦礫から掻き出たちょうどその時、
第二波の津波が襲ってきました。
その津波で彼女は学校の赤い屋根の上に打ち上げられました。※
ここから後の彼女の記憶は定かでありません。
彼女は救出されるまでに2日間の時間があったと思っています。


 (プール背後の校舎の屋根にたどり着いた http://edition.cnn.com/2011/WORLD/asiapcf/06/07/japan.tsunami.orphans/)
 
※小学校校舎の屋根の色が赤いと言えるか微妙です。小学校校舎に隣接して赤い屋根の体育館がありました。CNNの伝えた赤い屋根の校舎が体育館を指す可能性も皆無ではありません。しかし、菅原証言どおり、体育館の屋根ではなく校舎の屋根と考えるのが妥当と思われます。その理由は、①CNNのインタビューの行われた6月時点で体育館は取り崩されていたこと、②河北総合支所の職員の証言も「学校の校舎」となっていること、津波の最高水位は校舎屋根の中程までであったこと、の3点です。
 
家族の死

数週間後、お母さんとお祖母さんの遺体が見つかりました。
曾お祖母さんは行方不明のままです。
祖父を除き彼女の血縁者はいなくなりました。
(彼女の現在のお父さんと血のつながりはない)


1週間前のお母さんの写真


お母さんの遺体とともに発見された携帯に残されていたお母さんの写真を彼女は持っています。
 (お母さんの携帯にあった写真 http://edition.cnn.com/2011/WORLD/asiapcf/06/07/japan.tsunami.orphans/)

以上がCNNが伝えた内容の概略です。
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「食い違い」は彼女の責任か?


2011年06月15日付けあしなが育英会プレスリリース「東北津波遺児らが米国NYタイムズスクエアで街頭募金実施!」には以下の内容が書かれています。

<参加した遺児たちの声>
菅原彩加さん(高校1年)は津波に流され、二晩、自宅屋根の上で過ごしました。大きなガレキで背中に傷を負ったとき、彩加さんは飛び上がり、足の爪がはがれました。「母、祖母が亡くなりました。祖父は未だ行方不明です。海から7~8㎞あたりの住民は誰も今回のような大津波を想像していなかった。(津波が発生したとき)みんな家にいたと思う。私は流されましたが、生き残った」。「自分と同じ気持ちを持った世界の人や同世代の高校生たちと会い、互いを励ますとともに共感し合えたり出来たと思います。また、 ニューヨークの人たちやTVや新聞を通して世界中の人たちに被災地の現状や大変さを伝えることが出来たので本当に嬉しい。私たちがアメリカへ来て良かったと思います。5日間という本当に短い間の活動でしたが、とても良い経験になりました」

このプレスリリースはCNN放送と重なる時期のものです。
菅原さんがCNNとあしなが育英会に別の内容を話したわけではないでしょう。
CNNの放送内容と食い違う点は、2点あります。
「二晩、自宅屋根の上で過ごしました」と「祖父は未だ行方不明です」の2点です。
まず後者。行方不明なのは曾祖母で、CNNにはそのように話しているのに、あしなが育英会には祖父が行方不明だと伝えることはあるでしょうか。
あしなが育英会の聞き間違い書き間違いのように考えられます。※
前者の「自宅屋根の上」ですが、菅原さんがそのような嘘を言う理由もないように思えます。
「校舎の屋根の上」と話しているのをあしなが育英会が聞き間違えたか書き間違えたと考えられます。
あしなが育英会のプレスリリースは、伝聞に伝聞を重ねて書かれているように思われます。

※「です・ます」体と「だ・である」体の混ざった文章で、翻訳臭さが感じられます。日本語(菅原さん)→英語(通訳)→日本語(あしなが育英会)だったのかもしれません。


誤報の二次利用


一般財団法人教育支援グローバル基金(BEYOND Tomorrow)の2011年8月29日付けの文書では、あしなが育英会の「自宅屋根の上」の記述が踏襲されています。
菅原さん自身が「自宅屋根の上」と語ることは考えにくいでしょう。
BEYOND Tomorrowはあしなが育英会プレスリリースを参考にし、「自宅屋根の上」としたように思われます。

「泳いで小学校へと渡り」について


中国・大連で9月14〜16日に「夏季ダボス会議」が開かれ、そこで菅原さんはスピーチします。
仙台育英高校サイト内には、「菅原彩加さんのスピーチ(「Tohoku to the world」より)」との記事があります。
この内容は全体的にCNNの内容と重なっています。
1点だけCNNにない内容があります。
その後、私は泳いで小学校へと渡り一夜を明かしました」です。
この点を疑問視する方もいるようです。
状況を考えてみましょう。
彼女のいたのは小学校のプールです(下の写真参照)。
そこで第2波の津波に襲われます。
そして彼女は小学校の屋根の上にたどり着きます。
津波は親切に彼女を屋根の上に運んでくれたわけではないでしょう。
彼女は屋根にたどり着こうと努力したのではないでしょうか。
そのことを「泳いで小学校へと渡り」と表現しても、
間違いではないと思われます。
菅原さんの証言では一貫して、第1波の津波で小学校プールまで流され、第2波の津波の際に校舎屋根に泳いで渡ったとなっています。小学校プールから校舎屋根までは水平距離で数メートルです。ところが、2015年03月12日の読売新聞は「100メートルほど泳いで市立大川小学校の屋根で一晩を過ごし」と報じました。誤報に近い不正確な記事です。報道の真偽を吟味することを知らない情報弱者は、菅原さんのスピーチが捏造ではないかと騒ぎ始めました。


※ 河北総合支所の職員の証言学校の校舎に声をかけたところ、校舎から反応があった。後でわかったのは、返事をしたのは、屋根の上にいた、当時中学生の女性と大人の女性。2人は校舎の屋根に流れついて、助けを待っていた。ただ、校舎の周りは水没していたため、どうすることもできない。

【「ありがとう」「大好きだよ」と伝えました。】について


ダボス会議のスピーチにはお母さんとの別れに際して「ありがとう」「大好きだよ」と伝えた話が出てきます。
その時の状況はCNNが報じているとおりでしょう。
極限の状況です。
お母さんにはお母さんの葛藤があり、
菅原さんには菅原さんの葛藤がありました。
お母さんは「逃げて」とも言っています。
「行かないで」とも言っています。
菅原さんにも葛藤がありました。
菅原さんはお母さんを助けようとしています。
そこにまた津波が押し寄せてきます。
「ありがとう」「大好きだよ」
そう伝えることが彼女にできる唯一のことだったでしょう。


「母を見捨てた」と中傷した方々へ


菅原さんは言語を絶する辛い経験をしました。
彼女の心の痛みを私は理解できます。
その彼女が中傷されているのを見て見ぬふりをすることはできません。
彼女を中傷している人達は、不確かな情報の断片に振り回されているように見えます。
今一度、よく考えてほしいのです。
そして彼女を傷つける中傷をし、あるいはそれに加担したのならば、
今からでも遅くありませんから、是非撤回の意思表示をしてほしいと思います。

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追記(2015.4.1)
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ほぼブレていない菅原彩加さんの証言


菅原彩加さんの震災体験として伝えられるものは、
大きく2つに分類できます。
一つは菅原彩加さん自身の証言で、一つはNPOやマスコミなどによる紹介記事です。
菅原彩加さん自身の証言はいわば1次資料であり、NPOなどによる紹介記事は2次資料です。
両者をごちゃ混ぜにして事実関係を詮索するのは意味がありません。
あくまで、1次資料を基にして考える必要があります。
菅原彩加さん自身の証言と考えられるものは、5点あります。
①2011年6月7日のCNN報道(このページ前半部参照)、
②2011年9月14〜16日の夏季ダボス会議スピーチ
③2012年3月米国スピーチ原稿
④2013/07/05に公開されたTeen's Rights Movementメッセージ
⑤2015年3月11日の東日本大震災追悼式スピーチ
の5つです。

①CNN番組インタビューの内容はこのページ前半部に示しています。

②の 夏季ダボス会議スピーチは以下の通りです。

3月11日の日、中学校の卒業式でした。10年間ともに過ごした仲間とのすばらしい別れの一日、一生思い出に残る良い日になるとばかり思っていました。午前中の式を終えてお昼は謝恩会をし、午後二時頃家に帰りました。帰ってすぐでした。
  突然の大きな揺れ、「また地震か」。最初はその程度でしたが、どんどん強くなっていく揺れ。今まで感じたことのない程大きな揺れが日本に起きました。何分経っても止まらない長い長い揺れでした。家の中はぐちゃぐちゃで、家族もみんなパニック状態、「どうしよう、どうしよう」。それしか私は頭に出てきませんでした。しかし、少し時間が経つ と冷静になり、母や祖母なども「家の中、ガラスとかあぶないから片付けようか」ということになり、私の父、母、祖母、曾祖母そして私の五人で家の中を片付けていました。私はふと「あんなに大きい地震は本当にびっくりしたなあ。震度何だったんだろ?」とふと思い携帯を使い調べてみました。すると震度何だったなどというよりも大きな文字で「大津波警報」と表示されているのが私の目に入りました。「えっ津波?」と思い、その文字をクリックすると地域別に予想される津波の高さが表示されていました。石巻は何メートルかなと、石巻の所を見てみると10メートル以上と表示されていました。 私は「これはヤバい」と思い祖母にそのことを伝えました。すると祖母も「10メートル以上ってことは金谷(私の住んでいた地区)まで来るね。逃げるよってママとかに言ってきて」と言われ私は急いで二階へ行き母にそのことを伝えようとしたその時、「ゴォー」という地鳴りのような音が聞こえてきました。「また余震か」と思ったものの、まったく揺れも来ず、「ゴォー」という音がただただ大きくなるだけでした。すると「みんな早く逃げろー!」よく聞くと隣の家の人の声が私の耳に入りました。「これは津波だ。大変、逃げなきゃ」と思い、母の手を引き階段を降りようとした時、「バキバキッ、ガシャン」という音と共に家は壊れ、私たち家族5人は大きな波に飲まれました。
  何が何だかわからなくて、痛くて冷たくて「もう死ぬんだ」ということが私の頭でぐるぐる駆け巡りました。「ギシ、ガチャガチャガチャ」。しばらくの間流されて、私はがれきの山に埋もれ、止まりました。力をふりしぼり、がれきをかき分け出て行くと約20メートルくらいの高さのがれきの山の上にいました。しーんと静まり返り、一言で言えば、“黒い海”という感じでした。そのとき、自分の足下から「ゔ—、ゔ—」とうなり声のようなものが聞こえました。足下のがれきを少しよけてみると私の母の姿がありました。くぎが刺さり木が刺さり、足は折れ、変わり果てた母の姿。右足が挟まって抜けず、一生懸命がれきをよけようと頑張りましたが、私一人ではどうにもならない程の重さ、大きさでした。母の ことを助けたいが、このままここにいたらまた流されて死んでしまう。“助けるか”“逃げるか”。私は自分の命を選びました。今思い出しても涙が止まらない選択です。最後その場を離れる時、母に何度も「ありがとう」「大好きだよ」と伝えました。「行かないで」という母を置いてきたことは本当につらかったし、もっともっと伝えたいこともたくさんあったし、これ以上辛いことは、もう一生ないのではないかなと思います。その後、私は泳いで小学校へと渡り一夜を明かしました。
  この後も、私が体験したことはもっともっとたくさんあります。辛くて辛くて死のうかと思った日もありました。なんでこんなに辛いんだろうと思った日もあるし、家族を思って泣いた日も数えきれな いほどありました。

③の米国スピーチ原稿は、以下の通りです。

3月11日は、中学校の卒業式でした。
10年間共に過ごした仲間とのすばらしい旅立ちの日、
一生の思い出に残る良い日になるとばかり思っていました。
 家に帰るとすぐに地震が起きました。
今までに感じたことのないほど大きな揺れでした。
地震が発生して、停電になってしまったため、
テレビから情報を得ることが出来ず、携帯で津波がくるという情報を得て、
逃げようとした時にはすでに遅く、
地鳴りのような音と共に一瞬にして津波は家と私の家族を飲みこみました。
がれきと黒い水に流され、「もう死ぬんだ」「高校の制服を着たかったな」と、
たくさんのことが頭の中を駆け巡りました。
▼続きを読む
しばらく流されてがれきをかきわけて出ていくと、
がれきの下から母が私の名前を呼ぶ声が聞こえました。
がれきをよけると、くぎと木がささり、足は折れ、
変わり果てた母の姿がありました。
右足がはさまって抜けず、一生懸命がれきをよけようと頑張りましたが、
私一人ではどうにもならないほどの重さ、大きさでし た。
母のことを助けたいけれど、このままここにいたらまた流されて死んでしまう。
助けるか、逃げるか。私は自分の命を選びました。
今思い出しても涙の止まらない選択です。
最後その場を離れる時、母に何度も「ありがとう」「大好きだよ」と伝えました。
「行かないで」という母を置いてきたことは本当につらかったし、
もっともっと伝えたいこともたくさんあったし、
これ以上つらいことはもう一生ないのではないかなと思います。
その後私は泳いで小学校へと渡り一夜を 明かしました。
この後も私が体験したことはもっともっとたくさんあります。
辛くて死のうかと思った日もありました。
なんでこんなに辛いんだろうと思った日もあるし、
家族を思って泣いた日も数え切れないほどありました。
今回の震災で私ははかりしれないほど多くを失いました。


なお、このスピーチ原稿には英語版があります。
内容的には日本語と同じです。
英文は高校1年生程度の英語力では無理な出来映えです。
おそらく本人の翻訳ではないでしょう。

④のTeen's Rights Movementビデオメッセージは、
上記②③と同一内容で、具体的な情景描写など一部が省略されています。

⑤の東日本大震災追悼式スピーチは以下の通りです。

私は東日本大震災で甚大な被害を受けた宮城県石巻市大川地区で生まれ育ちました。
小さな集落でしたが、朝学校へ行く際すれ違う人皆が「彩加ちゃん! 元気にいってらっしゃい」と声をかけてくれるような、温かい大川がとても大好きでした。
あの日、中学の卒業式が終わり家に帰ると大きな地震が起き、地鳴りのような音と共に津波が一瞬にして私たち家族5人をのみ込みました。
しばらく流された後、私は運良く瓦礫(がれき)の山の上に流れ着きました。その時、足下から私の名前を呼ぶ声が聞こえ、かき分けて見てみると釘や木が刺さり足は折れ変わり果てた母の姿がありました。右足が挟まって抜けず、瓦礫をよけ ようと頑張りましたが私一人にはどうにもならないほどの重さ、大きさでした。母のことを助けたいけれど、ここに居たら私も流されて死んでしまう。「行かないで」という母に私は「ありがとう、大好きだよ」と伝え、近くにあった小学校へと泳いで渡り、一夜を明かしました。


5つの証言は大筋で完全に一致しており、ぶれはありません。
①は最も初期の証言であり、⑤は最も最近のスピーチです。
したがって、この間に彼女の行った記録されていないスピーチも、同様であったと考えてよいでしょう。

なお、細部において3点の齟齬が見られますが、
意図的なものとは考えられません。

a.齟齬1--父親の被災状況説明

被災当時、彼女の家族は曾祖 母・祖母・父・母・彼女の5人でした。
①には父親についての記述だけがなく(②③には家族状況の説明が省略されている)、
④と⑤には父親の被災についての説明があります。
これを齟齬と言えば言えなくもありませんが、
①は被災時に家族のそれぞれがどの位置にいたかを述べたものであり、記憶の定かでない父について語らなかっただけかもしれません。
被災当時の父(継父)はその後、家族でなくなります。思春期の少女にとって語りたくない心理が働いたのかもしれません。
いずれにしても、被災当時父親の状況がどうであったかは、枝葉末節に属する事柄で彼女の証言の信憑性を揺るがすものではありません。

b.齟齬2--屋根上から救出されるまでの時間

校舎屋根上から救出されるまでの期間が2日間であったり、翌日であったりして、ぶれているとの指摘がなされています。
実際に彼女が救出 されたのは震災翌日であったと考えられますから、
屋根の上で一夜を過ごしたという②③④⑤の説明が正確です。
それでは①のCNNには嘘の証言をしたのでしょうか。
CNNの報道では「ここ(学校の屋根の上)で彼女の話はファジーになる--救助隊が彼女を救出する前に2日間が経過したと彼女は信じている」となっています。
彼女は記者にどのように語り、記者はそれをどのように記事にしたのでしょうか。
おそらく彼女は記者に「私は2日間救助を待ったと思っているのだけれど、実際は震災の翌日救出されたみたいです」と言うような話し方をしたと思われます。
記憶と実際の時間経過にずれがあることを彼女自身が話さなければ、
CNNのあのような表現(「信じている」)はなされなかったでしょう。
インタビュー時点で彼女は主観と客観を区別して伝えているのであり、
記者はきちんとそれを踏まえた表現をしていると考えられます。
辛い経験の時間を長く感じることは、何ら不思議なことではありません。

c.齟齬3--瓦礫の上での行動

第1波の津波の水が引いて第2波の津波が押し寄せるまでの時間はそれほど長くなかったでしょう。
その間の彼女の行動について①には詳しい言及がありません。Just as she pulled herself out of the rubble another tsunami wave hit, とあり、彼女が瓦礫から抜け出してからほどない時間で次の津波が来たことが証言されています。
②には「右足が挟まって抜けず、一生懸命がれきをよけようと頑張りましたが、私一人ではどうにもならない程の重さ、大きさでした。母の ことを助けたいが、このままここにいたらまた流されて死んでしまう。“助けるか”“逃げるか”。私は自分の命を選びました。今思い出しても涙が止まらない選択です。」とあり、以後のスピーチでも踏襲されています。
まず、①と②以後は矛盾するものではありません。
②以後のスピーチに見られる「逃げた」については、彼女の心の傷という観点から解釈する必要があります。
彼女とお母さんのいた瓦礫の山と彼女が漂着した校舎の屋根は、水平距離にして数メートルです。
そのことから考えると、彼女はどこか遠くに逃げたわけではないでしょう。
そもそも靴を履いてない状態で瓦礫の上を移動することは困難です。
津波の第2波が襲った時、彼女はまだお母さんと遠くない位置にいたと考えるのが合理的です。
つまり、彼女はほとんど「逃げた」とは言えない状態だったと考えられます。
彼女は「逃げた」わけではないのに、後に「逃げた」と言ってしまいます。
なぜなのでしょうか?
客観的に考えて15歳の少女が瓦礫の中からお母さんを救出することは無理です。
それが無理だったことを彼女は頭ではわかっています。
しかし、どうにもできなかった無念さ、悔しさ。
人の心はその感情をぬぐい去ることはむつかしいのです。
実際には「逃げた」のではなく、津波が彼女とお母さんを引き離しました。
another tsunami wave hit, throwing her high into the air and onto the school's red rooftop.
彼女は水に浮き上がり、お母さんは水に沈みました。
この状況を自分は「逃げた」と彼女は言っているのです。
それは病気で妻を亡くした夫が「妻は私が殺した」と思ったり、
事故で子どもを失った親が「私が子どもを殺した」と思う心理と同じです。
彼女が「逃げた」と感じるのは、彼女の深い悲しみとお母さんへの深い愛の証です。
瓦礫に埋もれた状態でお母さんは、「逃げて」とも「行かないで」とも言っています。
15歳の少女の葛藤はいかほどであったでしょうか。
そのことも、彼女が自分は「逃げた」と思う背景になっているでしょう。


説明責任を果たしていないNPO等


菅原彩加さん自身の発言に大きなブレはなく、多少の齟齬についても理解できる範囲です。
彼女の発言を見る限りで、彼女の発言を虚偽とする根拠は皆無です。
彼女の発言に疑惑が生じたのは、NPO等が事実関係を確認することなく彼女の経験を紹介したためです。
たとえば、あしなが育英会は「自宅屋根の上で」2日間過ごしたと紹介し、Beyondはその記事を踏襲しました。
菅原さんは終始一貫して自宅は一瞬で壊れ瓦礫の上に流れ着いたと言っているのであり、菅原さんが「自宅屋根の上で」云々と発言することは考えられないことです。菅原さんは最終的には校舎の屋根の上に辿り着きます。あしなが育英会などはそれを「自宅屋根の上」と勘違いして誤報を流してしまったのでしょう。
責められるべきは誤報を流した団体等であり、菅原さん自身ではありません。
誤報を流した団体等は誤報が生じた経緯を説明し、誤報について菅原さんに謝罪すべきです。
ところが、誤報を流した団体等は説明責任を果たしていないだけでなく、サイト情報を何の説明もなしに削除するなど最悪の対応を取りました。
そのため、菅原さんへの疑惑がふくれあがることになりました。
また、マスコミ報道の中には、自宅から校舎の屋根まで100メートルを泳いだと報道しているものもあります。彼女自身の証言によれば、「泳いだ」のは小学校のプールから校舎の屋根までであり、水平距離で数メートルです。マスコミの誤報もNPO等の誤報をさらに誤解したために生じました。

ステレオタイプの被災者像


貧富や社会的地位や年齢・性別に関係なく自然災害は襲いかかります。
したがって、被災者も種々さまざまです。
たとえば多額の保険金を受け取る被災者もいれば、日々の生活に困窮する被災者もいます。
酒色に溺れる被災者もあれば、前向きに生きようとする被災者もいます。
清く貧しい被災者像に全ての被災者が当てはまるわけではありません。
しかし、往々にして人々は清く貧しい被災者像に取り憑かれています。
想像力の貧困が生み出す被災者像にこだわる人々は、
そのステレオタイプの被災者像から外れる被災者を排撃することもあります。
被災者の一面を捉えて妬みの言説が発せられることもあります。
菅原さんバッシングは現代日本の精神的貧困が生み出した現象であるように感じます。

菅原彩加さんへ


菅原さんがこのブログを見ることはおそらくないでしょう。
伝えることのできない菅原さんへのメッセージを書いておきます。
菅原さんは慶應義塾大学へ進学すると聞いています。
私はこのブログの中で何度か福澤諭吉について触れています。
福澤は私の尊敬する思想家です。
福澤は「文明の人」とは何かを考えました。
世に阿る(おもねる)ことなく、理不尽に立ち向かう人は文明の人です。
独立自尊の人が文明の人です。
多くの場合、理不尽は理不尽と認識されているわけではありません。
人類の進歩は理不尽に気づき改善する努力で達成されてきました。
理不尽に対して立ち向かう小さな声が歴史を進歩させてきました。
私はピルに関するサイトを16年間主宰してきました。
それはピルを勧めるためのサイトではありません。
ピルをめぐる日本の状況は、日本の女性が置かれている理不尽さを象徴しています。
性の問題は個々人別々の問題で、一般論で処しがたい問題です。
ピルが必要な女性がいます。
必要でない女性もいます。
緊急避妊薬が必要な女性がいます。
必要ない女性もいます。
必要とする女性の声が無視されているのは理不尽です。
その理不尽さに気づいてほしいと私は考えました。
理不尽な扱いを受けている人の声は、
だれにでも聞こえるわけではありません。
聞こうとする人にのみ聞こえます。
私はその声の聞こえる人でありたいと努力してきました。
以前、「五木の子守唄」考 をブログに書きました。
理不尽な扱いを受けている人の声なき声を聞くという姿勢で考えると、
見えてくるものがあります。
理不尽な扱いを受けている人の声なき声を聞くという姿勢は私の哲学です。
菅原さんが理不尽なバッシングを受けているのを見て、
見て見ぬふりをできませんでした。
理不尽に立ち向かう事は福澤の思想だ、と私は考えています。
今の慶応大学にその思想があるかどうかわかりませんが、
菅原さんには慶応大学で理不尽に立ち向かう事を学んでほしいと願っています。

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参考 女性自身2015.3.31号(同誌公式サイト(部分掲載))
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菅原さんバッシングが吹き荒れる中で雑誌「女性自身」は、菅原さん擁護記事を掲載しました。
参考までに以下に記事内容を掲載します。

「行かないで」「ありがとう、大好きだよ」・・・
大震災追悼式”涙のスピーチ”の意外波紋ーー
津波で母と訣別
宮城県遺族代表
菅原彩加さん19を襲った卑劣すぎる「殺害予告」!


19歳の少女が語る生々しい被災体験は、震災の傷の深さを私たちにあらためて思い起こさせた。その陰で彼女は、ネット上での、”心なき中傷”にも苦しんでいた。

≪津波 母残し・・・泣いた日々≫(読売新聞)
≪動けぬ母に最後の言葉≫(朝日新聞)

 3月12日、主要新聞の朝刊一面を、19歳の少女の写真が飾った。
 前日に千代田区・国立劇場で開催された東日本大震災追悼復興祈念式で、宮城県遺族の代表としてスピーチした菅原彩加さんの記事だった。
「足下から私の名前を呼ぶ声が聞こえ、かき分けて見ると釘や木が刺さり足は折れ、変わり果てた母の姿がありました。(中略)母のことを助けたいけれど、ここに居たら私も流されて死んでしまう。『行かないで』という母に私は『ありがとう、大好きだよ』と伝え、近くにあった小学校へと泳いで渡り、一夜を明かしました・・・・」

 4年前の3月11日、菅原さんは石巻市の中学校の卒業式を終え、自宅に戻ったとき、大津波に襲われた。
 一緒にいた母、祖母、曽祖母が犠牲になり、生き残ったのは菅原さんと、職場にいた祖父だけだったのだ。
 切々と読みあげられる彼女の衝撃的な体験は、とかく4年前の悲劇を忘れがちだった多くの国民にも、あの日の”地獄絵図”をまざまざと思い出させた。
 新聞だけではなく、テレビのニュースやワイドショーも、彼女のスピーチを大きく取り上げた。菅原さんに取材を申し込んだ新聞社やテレビ局にも多数あったという。

 だが、菅原さんはどれ一つとして応じていない。
 実は追悼式直後、なぜかインターネット上には彼女を批判する声もあふれていたのだ。
≪自分だけ助かるぐらいなら、一緒に死んでやれよ≫
≪薄情な子供だな≫

 さらに驚くべきことに19歳の少女の命を狙うという、卑劣な殺害予告も繰り返し掲載されていた。
≪菅原彩加がナイフでメッタ刺しされて、母親と再開してフィナーレとか最高のエンディングやんけ!見つけ次第殺せ≫
≪ナイフでメッタ刺しにしてお前の大好きな母親に会わせてやるよ菅原彩加≫

 菅原さんの知人は言う。
「驚いた菅原さんはすぐに警察に相談し、警察も犯人の捜査を始めています。
 多くのマスコミから取材申し込みもありましたが、警察からは『安全のために取材は断ってください』といった要請もあり、依頼はすべてお断りしたのです・・・・」

 この知人によれば、母を失ってから4年、必死に生きるなかでことあるごとに菅原さんは中傷を受け続けてきたという。

「震災直前の2月母と高校に・・・・」
 11年5月、菅原さんは仙台育英学園高校に進学。当時の担任教師だった石山かおりさんは、こう語る。
「震災直前の2月、菅原さんが新入生説明会にお母さんと一緒に来ました。お母さんと笑いながら話していた姿をよく覚えています。とても仲がよさそうな親子だったのに、震災であのようなことになってしまって・・・・。
『今でもお母さんのことを思い出して、時々泣いてしまう』
など、胸の苦しみを語ってくれることもありました。
 入学当初は高校の近くにある寮で生活していましたが、家族のいない一人の時間が苦しかったのでしょう。すぐに退寮して、ご親戚の家、その後はお祖父さまの家から高校に通うようになりました」

 埋めようもない心の傷を抱えながらも、彼女は辛い経験に正面から向き合った。
 菅原さんは日本だけではなく海外でも被災体験を語るようになった。その数は世界7都市で50回にも及ぶという。
「人生は短いんだから、いろんな人に会ってほしい」という亡き母の生前の言葉が、背中を押してくれた。
 さらに前向きに生きるためにスイス留学にも旅立った。

 だが彼女が公の場所でスピーチしたり、活動報告をしたりするたびに、インターネット上から心ない言葉が襲ってきたという。
≪もっと被災者らしく暮らせ!≫
≪震災ネタでスイス留学できていいね≫

 前出の菅原さんの知人は、言う。
「スイス留学の費用が、あしなが育英会の復興支援援助金から出ているといったネットでの批判がありましたが事実無根です。留学費は、海外の財団からの奨学金でした」


「震災スピーチは追悼式典を最後に」
 なぜ、被災者である彼女が攻撃にさらされ続けなければいけないのか。
 ITジャーナリストの井上トシユキさんは、
「菅原さんは、今回の追悼式典でのスピーチ以前から『目をつけられている』状態でした。被災者がつらい体験を語り、乗り越えようとしていることに対して『目立ちたいだけ』『売名だ』などと匿名で攻撃するのは、まさにいじめの構図です。
 ネット上では、称賛されている人をとにかくたたこうとする傾向も見られ、近年ますます悪質化しています」

 また、この”いじめの構図”について、立教大学教授で精神科医の香山リカさんは次のように分析する。
「社会的弱者や、困窮している人への支援を”特権”と誤ったとらえ方をして、攻撃するというケースが増えています。自分も不本意な生活を送っているのに”彼らだけ特権を得るのは許せない”という発想です。
 菅原さんが自分自身の努力や、周囲の支援を受けて、前向きに生きようとしているにもかかわらず、そういった人たちによって攻撃を受けてしまっているわけです。
 彼女は東日本大震災という天災に続き、人災にも襲われているのです」

 苦難に耐え続けている菅原さんの胸中は・・・・。生き残った唯一の家族である祖父に、話を聞いた。
「私にとっても、大震災で3人もの肉親を失った体験はあまりにも過酷でした。
 それは当時中学3年生だった彩加にとっては、なおさらのことだったと思います。きっと日本で生活していても、スイスで生活していても、その記憶が頭を離れたことはなかったでしょう・・・・。」
 実は彼女は震災体験を語ることについては、(11日の)追悼式典のスピーチで最後にしたいと考えているんです。
 彩加は4月から東京の大学に進学します。それを機に一区切りつけるようです。
 将来何をしていくかは、彼女自身が決めていくことですが、何をするにしても強く生きていってほしいと願っています・・・・」

 菅原さんは、スイス留学から帰国後は、東京都内に住んでいるという。
 前出の知人によれば、
「親戚宅に住み、焼き肉店のアルバイトをしながら、4月からの大学生活に備えています。ふだんは明るく、社交的な性格の彼女ですが『まだお母さんのことで、自分にちゃんと向き合えていない・・・・』と漏らすこともありました。いまだに心の傷を抱えているのです」

 追悼式典では「前向きに頑張って生きていくことこそが、亡くなった家族への恩返し」
と、語っていた菅原さん。
 そんな彼女の未来を踏みにじるような行為は、断じて許されない。