2015年8月28日金曜日

堕胎罪廃止がもたらす日本の女性の不幸

日本のフェミニストだけが堕胎罪廃止を主張


戦前はどこの国にも堕胎罪だけがありました。
いかなる事情があっても堕胎は犯罪だったのです。
日本では1948年に、欧米では1970年前後に、
堕胎罪を阻却する法律が制定されます。
つまり、一定条件に当てはまる中絶について、
堕胎罪の規定を無効化することにしました。
これを中絶の合法化と言います。
中絶の合法化の際、従来の堕胎罪を廃止した国はありません。
従来の堕胎罪はそのままで、堕胎罪の阻却条項を持つ法律をつくりました。
堕胎罪の阻却条項を持つ法律が制定されると、
従来の堕胎罪は非合法堕胎処罰法に性格が変化します。
日本の刑法堕胎罪も非合法堕胎処罰法の性格を持っています。
イギリスには1861年制定のOffences Against the Person Actがあり、その58条・59条が堕胎罪です。
アメリカでは少なくとも38州に堕胎罪があり、
今春、インディアナ州でPurvi Patelという女性が20年の刑を言い渡され話題になりました。
堕胎罪はほとんどの国に残っていますが、
日本以外のどの国にも堕胎罪廃止の運動はありません。※
堕胎罪は実質的に非合法堕胎処罰法なので、
非合法堕胎処罰法を廃止すると中絶を合法化する法律の意味が失われてしまうからです。
中絶の合法化はフェミニスト達が苦労して手にした権利です。
堕胎罪を廃止し非合法堕胎の処罰をなくせば、
合法化以前の闇堕胎の時代に逆戻りします。
そんな馬鹿げた要求をするフェミニストはいないのです。


80年代から日本の堕胎罪廃止運動を主導してきた柳沢由実子氏は、しばしばスウェーデンのThe Abortion Act(1974:595)を引き合いに出してきました。しかし、同法9章は阻却条件に合致しない違法堕胎に対する罰則を明確に規定しています。
スウェーデンで堕胎について規定したスウェーデン刑法23章は、今も有効です。

堕胎罪廃止により闇堕胎に逆戻り


日本のフェミニストの堕胎罪廃止論を受けて、
日弁連は堕胎罪廃止の意見書を提出しました。
参照 日弁連は堕胎罪廃止意見書を撤回すべき
この意見書が実現するとどのようになるのでしょう。
からだと性の法律をつくる女の会は、堕胎罪と母体保護法を廃止して新しい法律をつくることを提唱してきました。
その案が、「避妊および人工妊娠中絶に関する法律(案)」です(以下、法律案とする)。


この法律案は、堕胎罪廃止論の立場を集約的に示していると考えられます。
法律案を基に、堕胎罪廃止がどのような状況を惹起するのか見て見ることにします。

①指定医制の廃止


世界保健機関『安全な中絶』第2版は、以下のように指摘しています。

中絶を法律で制限することによって,中絶の件数が減少するわけでもなく,出生率が著しく上がるわけでもないこと,これとは反対に,安全な中絶サービスへのアクセスを促進する法律や政策は,中絶率や中絶件数を増加させない。

欧米諸国では1970年前後に中絶が合法化されましたが、
中絶合法化後に出生数が大きく落ち込むことはありませんでした。
なぜなら、中絶合法化前に闇中絶が広汎に行われており、
中絶の合法化は闇中絶を合法化するものにほかならなかったからです。
闇中絶の形態はさまざまでした。
最も裕福な階層は、安全な中絶を求めて中絶旅行に出かけました。
非合法な中絶に高額な報酬を支払える人々は、
産婦人科医に密かに依頼しました。
外科医や助産師など医療関係者に依頼できる人々は、
比較的ゆとりのある人でした。
獣医が密かに中絶を引き受けることもありました。
貧しい人々は怪しげな人に依頼するか、
自己堕胎を余儀なくされました。
不衛生な堕胎により多くの女性が身命の被害を受けていたのです。
この問題点をなくすために、誰でも安全な中絶にアクセスできる制度が作られました。
それが中絶の合法化です。
中絶の合法化で中絶を行えるのは、
安全に中絶を行える専門家だけに限定しました。
現行の日本の制度では、母体保護法指定医師だけが中絶を行えるようになっています。
諸外国では、指定医だけでなく資格を持った看護師等にも中絶を行う資格を認めている例があります。
いずれにしても、安全性を担保する制度が取られています。
指定医制度の廃止は、現行制度から明らかな後退です。


指定医制度の廃止は薬剤中絶の導入を視野に入れたものでしょう。
薬剤中絶の成功率が100%ならば指定医制の撤廃も考慮できますが、
薬剤中絶では一定比率で手術を必要とするケースが生じます。
指定医制の廃止では、安全性は担保できません。

②闇堕胎の復活


法律案では、中絶を行える者は医師としています。
しかし、中絶を行えるのは医師としても、罰則のない規定は実効力を持たず、実際は空文化します。
現行法制では、指定医以外の者が中絶を行うと、堕胎罪により罰せられます。
この罰則規定をなくすのが堕胎罪撤廃論です。
法律案では、自己堕胎を行っても罰則はありません。
医師以外の者が中絶を行っても罰則はありません。
耳鼻科医師が中絶を行うのは合法です。
つまり、合法化以前の状態に逆戻りさせるのが、
法律案の特徴です。
現在、堕胎罪により自己堕胎も含めて、指定医以外の中絶を禁止しています。
経口中絶薬の個人輸入が禁止されているのも、
堕胎罪の自己堕胎条項があるからです。
堕胎罪を廃止すると中絶薬の個人輸入を禁止する根拠が失われます。
金銭的にゆとりのある人は、産婦人科で中絶手術を受けるかもしれません。
しかし、10万円の中絶費用がない女性は、
1~2万円の中絶薬を個人輸入して使うでしょう。
安全な中絶を受ける権利は吹き飛んでしまいます。
そして犠牲になるのは貧しい女性です。

③「本人の意志」の尊重とは


法律案は「人工妊娠中絶を希望する者は、本人の意志のみによって人工妊娠中絶を受けることができる」と規定します。
先進国の中絶法制は、女性の希望での中絶を認める方向にあります。
法律案は世界の方向と合致するようにも見えます。
しかし、この法律案と世界の中絶法制の方向は必ずしも一致していません。
そもそも、女性の希望での中絶が認められるようになったのには、
理由があります。
『楢山節考』という小説があります。
息子は自らの意志で、山に老婆を捨てに行ったのでしょうか。
違います。
村の人口を調節する共同体の掟にやむなく従ったのです。
堕胎や間引きも女性の意志ではありませんでした。
共同体や家を維持するためのルールが、
女に堕胎や間引きを迫ったのです。
現在でも好き好んで中絶する女性は1人もいません。
産みたくても産めない状況があるからやむなく中絶するのです。
産む事にパートナーが不同意であるからと、
中絶を選ぶ女性がいます。
仕事や学業を続けられないからと、
中絶を選ぶ女性がいます。
これは女性が中絶を選んでいるのではなく、
選ばせられているのです。
やむなく中絶を選ばせられている女性が、
さらに身命の危険にまでさらされるのは不条理ではないか。
世界のフェミニストたちが中絶合法化のために戦った理由です。※
そこから導かれる中絶の自由とは、
女に対する中絶強制の排除です。
中絶は強制ではなく、あくまで女の意志でなくてはなりません。
そのような意味での「中絶は女性の意志によって行われる」との中絶法制が普及しつつあります。
では、法規に「中絶は女性の意志によって行われる」と記載すればすむのでしょうか。
いいえ、それだけなら、むしろ有害です。
中絶を強制された時代に逆戻りしてしまいます。
第4回世界女性会議(北京会議)行動綱領は、
日本を含む中絶合法化の国に対して以下のように求めています。

望まない妊娠をした女性には,信頼できる情報と思いやりのあるカウンセリングが何時でも利用できるようにすべきである。

たとえばドイツでは妊娠12週まで女性の求めに応じて中絶できることになっていますが、
妊娠中絶に際して事前のカウンセリングを受けることが法で定められています。
中絶はカウンセリング後、4日経過しないと中絶は行えません。
法律案のように女性の意思確認の手続を何ら定めず、「女性の意志」で中絶ができるとするのは女性の権利を守ることにはなりません。


日本のフェミニストは、世界の中で例外的に中絶合法化闘争を経験していません。
その日本は、フェミニストも含め、中絶の責任を女性の責任/男性の責任/男女双方の責任とする言説で覆い尽くされています。
日本は中絶を社会的責任とするフェミニスト不在の国でした。

④胎児条項の導入と同義


健常者も障害者も命の価値に違いはありません。
健常者も障害者も命の価値は同じです。
かつて人種や障害者を差別し排除する優生学という偽科学が流行したことがあります。
日本のフェミニストも優生学に反対してきた歴史があります。
胎児診断技術の発達により、中絶可能な時期に胎児の障害が高い確率で診断できるようになりました。
中絶の阻却事由に胎児の障害を加えること(胎児条項)には、
賛否両論があります。
法律案は胎児条項問題を女性に丸投げする形で解決しようとするものです。
法律案は、中絶は女性の意志のみで行えるとしています。
これは、胎児の障害が見つかった時に女性は中絶することができることを意味しています。
胎児条項の是非の論議は慎重に行われるべきと考えます。
法律案は、そのような問題意識を欠いています。

⑤女性の責任論を増幅


欧米諸国では中絶が合法化され、それに引き続き中絶や避妊の無料化が急速に進みました。
中絶は社会的要請であり、個人的責任にのみ帰することはできないとの認識が広まっていたからです。
一方日本のフェミニズムでは、中絶は殺人であり女性が責任を引き受けるべきとした田中美津が否定されることはありませんでした。
田中への批判はせいぜい女性だけの責任ではなく男性にも責任があるというものでした。
その日本のフェミニズムが提起しているのが、堕胎罪廃止論です。
この状況で法律案が実施された場合、
中絶の責任を女性が一手に引き受けることになるでしょう。
水子供養はさらに繁昌することになるでしょう。
法律案は日本の女性の苦しみを救うものでは決してありません。

⑥中絶や避妊の公的負担を妨害


私は中絶や避妊費用の社会的負担(たとえば保険適用)を一度も口にしたことがありません。
日本の中絶費用や避妊費用が諸外国と比べて異常に高いことを知っていても、口にしたことはないのです。
フェミニストの中には、保険適用を声高に叫ぶものもいます。
私はなぜ保険適用を口にしないのでしょう。
中絶費用や避妊費用の社会的負担には、さまざまな理由付けが行われてきました。
その中で決定的に重要なのは、中絶は女性が望んで行っているのではないという認識です。
この認識が社会的に共有されなければ、社会的負担は実現しません。
驚くことに、日本のフェミニストは中絶や避妊について個人的責任論を受け入れているのです。
個人的責任論を受け入れながら、社会的負担を求めることは整合性を持ちません。
脳天気なフェミニストたちを眺めてはため息をついていました。
日本の中絶や避妊の費用が異常な高さなのは、
懲罰的な意味合いを帯びているからでしょう。
こんな馬鹿げたことがまかり通るのは、
女性の責任を否定する論理が決定的に弱いからです。
個人的責任論を受け入れてしまえば、
懲罰的価格にさえ抗議できないのです。
法律案では、中絶は自己責任となります。
法律案は、中絶を実質上合法化前の時代に引き戻すものです。
中絶や避妊の社会負担はさらに遠のいてしまいます。

⑦経口中絶薬の導入を妨害


経口中絶薬による中絶は、費用負担の軽減化や心理負担の軽減など、
大きなメリットがあります。
日本にも経口中絶薬の導入が必要です。
しかし、この法律案は経口中絶薬の導入の障害となります。
この法律案の特色は、自己堕胎の容認です。
自己堕胎の容認を言い換えれば、
経口中絶薬を個人輸入などで入手して使用することの容認です。
一方で、経口中絶薬による自己堕胎を容認しながら、
他方で経口中絶薬の導入を求めることは矛盾します。
法律案は経口中絶薬の導入を求めるポーズを取りながら、
実際は経口中絶薬の導入を妨害するものです。

⑧カウンセリング導入を妨害

北京会議行動綱領は、中絶合法化国と中絶非合法化国に対して、それぞれ別の要求をしています。
中絶非合法化国に対して非罰化を求めています。
堕胎罪廃止論は、日本が中絶非合法国であるとの妄想的認識の上に成り立っています。
参照 日弁連は堕胎罪廃止意見書を撤回すべき
しかし、実際は日本は中絶合法化国です。
北京会議行動綱領が中絶合法化国に対して、
信頼できる情報と思いやりのあるカウンセリングが何時でも利用できるようにすべきである
としています。
中絶合法化の国では北京会議行動綱領にそってカウンセリングの充実が図られています。
ところが、日本は中絶非合法国との認識に立てば、カウンセリングの充実は要請されていないことになります。
実際、日本では中絶に伴うカウンセリングの問題は、ほとんど等閑視されてきました。
妄想的認識が、日本の中絶環境の改善を妨害しています。

⑨中絶反対派に加担


中絶を個人的悪と捉える宗教的保守勢力があります。
宗教的保守勢力による中絶の権利の縮小の企ては失敗してきました。
しかし、これから先も、母体保護法の改悪提案がなされると予想されます。
これまでと違い、日本は人口減少社会になっています。
現在の人口減少率/数は大きなものではありません。
ところが、十数年後には経済活動にとって無視できない程度の人口減少率になります。
中絶抑制/禁止の圧力はこれまで以上に強まると考えられます。
中絶抑制/禁止論は、「中絶は女の身勝手」論に必ず立脚しています。
世界のフェミニストは、「中絶は女の身勝手」論と戦ってきました。
ところが、法律案はただ単に中絶を自由にせよと要求するものです。
日本のフェミニストの堕胎罪廃止論/法律案は、
「中絶は女の身勝手」論を裏付ける内容になっています。
堕胎罪廃止論/法律案では、中絶抑制/禁止の圧力に対抗できないように思われます。

⑩中絶の権利と避妊の権利は表裏一体


完全な避妊はありません。
どのような避妊法を取ろうと一定比率で意図しない妊娠が生じます。
意図しない妊娠をした人の全てが産める条件を持っているわけではありません。
人間は社会的制約の中で生きているからです。
産む産まないの選択が女性に迫られます。
この2つの選択はどちらも、女性に不利な選択でした。
産まない選択は、女性に身体的・経済的負担を強いるものです。
産む選択は、女性の生き方を制約するものです。
これは女性に強いられている不条理でした。
リベラルフェミニズムはこの不条理を重視しました。
そこで、だれでもアクセスできる効果的避妊を要求しました。
中絶が経済的・精神的負担にならないシステムを求めました。
出産が、女性のキャリアに不利にならない社会を求めました。
中絶や避妊は個人的な責任の問題ではなく、
社会が女性に強いている不平等の問題と考えたからです。
社会的保育の充実もシングルマザーの支援も、
性の問題から発する一連の課題と考えられたのです。
一方日本のフェミニズムでは、
性の問題はある時は女の責任と考えられ、
ある時は男女の責任と考えられました。
あくまで個人的な責任の問題として捉えられたのです。
日本のフェミニストが性の問題で提起したのは、
堕胎罪の廃止だけです。
ほとんど一枚看板といってよいでしょう。
この奇妙な提案がなされるのは、
堕胎罪が女性だけを処罰対象としている不平等な法律、
と捉えられたからです。
男女の個人的責任論の延長線上に出てきたのが、
堕胎罪廃止論です。
社会的責任論ではなく個人的責任論にどっぷりつかった日本のフェミニストは、
ピルの認可に消極的態度を取ったり、
緊急避妊薬の市販薬化に反対したり、
今なお迷走を続けています。

⑪権威主義と馴れ合い


日本のフェミニストが堕胎罪廃止論を唱え始めて30年以上の年月が経過しました。
堕胎罪廃止論は、およそフェミニズム的な主張ではありません。
それは女性の権利に反するものです。
しかし、不思議なことに堕胎罪廃止に疑義を提起するフェミニストは誰一人としていませんでした。
中には、ツイッターで堕胎罪廃止論批判を「何をこじらせたのか」ともの笑いにするフェミニストもいます。
諸外国の中絶法制を論じた学術論文には、堕胎罪と阻却との関係を明確に指摘している論文もあります。
堕胎罪廃止論の間違いに気づいているフェミニストがいるかもしれませんが、
それでも誰も声を上げません。
なぜなのでしょうか。
フェミニズムが合理的思想ではなく、教義になっているからではないでしょうか。
教義の下でなれ合うフェミニストは、決して女性達の信頼を得ることはできません。

---------------------------------------------------------------------------
このエントリーは、以下の3エントリーの一部です。
他のエントリーも合わせてご覧下さい。
    堕胎罪廃止を唱えるフェミニズムの質
   日弁連は堕胎罪廃止意見書を撤回すべき
   堕胎罪廃止がもたらす日本の女性の不幸(このページ)

3 件のコメント:

関谷えり さんのコメント...

「堕胎罪廃止により闇堕胎に逆戻り」の項の②闇堕胎の復活 において、堕胎罪が廃止された場合について「医師以外の者が中絶を行っても罰則はありません」とありますが、誤りです。

まず、刑法204条以下の傷害罪関連規定により罰せられます。中絶行為は、母体に対する傷害であり、かつ胎児に対する傷害または殺人もあり得るため、行為者には母体に対する傷害罪が必ず成立し、胎児が傷を負うか死ぬかした場合は、胎児に対する傷害罪、傷害致死罪、殺人罪などが成立します。

また、業として中絶行為を行う場合は、医師法31条1号により罰せられます。

即刻訂正をお願い致します。

匿名 さんのコメント...

「堕胎罪廃止により闇堕胎に逆戻り」の項の②闇堕胎の復活 において、「医師以外の者が中絶を行っても罰則はありません」とありますが、誤りです。

傷害罪関連規定(刑法204条)や殺人罪(同199条)により、罰せられます。中絶行為は、母体に対する傷害行為なので、母体に対する傷害罪が必ず成立しますし、中絶行為によって胎児が傷を負うか死ぬかすれば、胎児に対する傷害罪、傷害致死罪、殺人罪などが成立します。

即刻訂正をお願い致します。

RURIKO PIRUTON さんのコメント...

「中絶行為は、母体に対する傷害行為なので、母体に対する傷害罪が必ず成立します」とのご認識ですが、同意しかねます。
刑法215条は不同意堕胎罪について、刑法216条は不同意堕胎致傷罪について、規定しています。
不同意堕胎罪は堕胎を行ったけれども傷害に当たらないケースについて規定し、不同意堕胎致傷罪は傷害に当たるケースについて規定しています。
両ケースについて別々の条文を設け、後者については「傷害の罪と比較して、重い刑により処断する」と規定しています。
前者刑法215条不同意堕胎罪は傷害罪に当たらない堕胎について定めているのであり、
堕胎罪が廃止されたからと言って「傷害罪に当たらない堕胎」が傷害罪になるわけではないでしょう。
よって、「中絶行為は、母体に対する傷害行為なので、母体に対する傷害罪が必ず成立します」は、成り立ちません。
「かつ胎児に対する傷害または殺人もあり得る」とのご指摘ですが、現行法制で胎児に対する傷害罪や殺人罪は規定されていません。
堕胎罪が廃止されると、胎児に対する傷害罪や殺人罪が成立するようになるとの理路が不明です。
よって、この点にも同意しかねます。
医師法云々については、ご指摘の可能性はあるでしょう。
ただ現在の医療状況でそれはほぼあり得ないと考えます。
そうであるならば、堕胎罪の廃止は危険な自己堕胎の蔓延を招くとする本文論旨は揺るぎません。