2013年9月10日火曜日

「ピルは血栓症予防薬」という意外な観点

本記事は「ヤーズの血栓症死亡例について思う事」の続編です。



血栓症の死者続出でも利用され続けるピル


「意外な観点」とタイトルをつけましたが、
実は全然意外な観点ではありません。
もし「ピルは血栓症予防薬」を意外と感じるのであれば(注1)、
ピル反対派的な思考に汚染されているからかもしれません。
世界では毎年100名を下らないピルユーザーが血栓症で死亡しています。
それでも、ピルを禁止すべきだという声はほとんどありません。
多くの女性がピルを利用し続けています。
不思議だと思いませんか?
多くのピルユーザーが血栓症で死亡しても、
すでに「ピルは血栓症予防薬」との考えの方がしっかりと定着しているからです。
しかしピル反対派的な思考から抜け出せないでいる日本では、
「ピルは血栓症予防薬」という考えが浸透していません(注2)。
この点が、日本と世界の違いなのではないかと思います。

血栓症のリスクと天秤にかけるメリット


白人や黒人は黄色人種と較べて血栓症になりやすい遺伝子を持っています。
欧米で血栓症は国民病と言ってもよいほど、多い病気です(参照「第4世代ピル(ヤスミン、ヤーズなど)の血栓塞栓症について英国医薬品庁(MHRA)が出した情報」)。
ピルの服用は血栓症のリスクを高めます。
ピルユーザーは血栓症にかかりやすいし、
命を落とすピルユーザーは少なくありません。
ピルを服用すると血栓症になるリスク、死ぬリスクが高まるのです。
このような事実は秘密にされているわけではありません。
ピルユーザーも医療関係者も周知の事実です。
それにもかかわらず、ピルはずっとメジャーな避妊法でした。
何故でしょう?
ピルはリスクよりもメリットの方が大きいからです。
日本では、「リスクよりもメリットの方が大きい」の意味が、
よく理解されていないかもしれません。
生理痛が軽くなるとか、卵巣癌が少なくなるとか、避妊に安心感があるとか、
これらももちろんメリットなのですが、
血栓症のリスクと天秤にかけるメリットではありません。
ピルは避妊薬です。
妊娠出産に伴う血栓症リスクと較べてリスクが高いか低いか、
それが「リスクよりもメリットの方が大きい」の本来の意味です。
妊産婦の血栓症リスクはピルユーザーと較べて約4倍高くなります。
もし、妊娠よりもピルの方が血栓症リスクが高いならば、
ピルは「リスクよりもメリットの方が大きい」とは決して言われないでしょう。
ピルの安全性の尺度は、妊娠と較べて血栓症リスクが高いか低いかなのです。
高用量ピルの時代にも、ピルの血栓症リスクは妊娠より低かったのです。
ピルにより血栓症のリスクは妊産婦の1/4になる。
この事実がなければ、認可されることもなければ利用されることもなかったでしょう。
ピルは妊娠を避けることにより、血栓症リスクを低くする血栓症予防薬とも言えるのです。

月経困難症治療薬のメリットは血栓症リスクに勝るか?


ピルは月経困難症に効果があります。
しかし、ピルが月経困難症の治療薬として認可されているのは、
日本だけです。
海外でもピルは月経困難症の治療薬として認可されているとの言説が、
まことしやかに語られています。
あるいは、ニキビの治療薬として認可されているとか、
PMDDなどの治療薬として認可されているとか、
同類の言説は枚挙にいとまがありません。
これらの言説のルーツは一般人ではありません。
名もあり学識もある方々の言説です。
しかし、それは事実を正確に伝えていません。
世論をミスリードするための、ためにする言説です。
アメリカFDAはヤーズのPMDDなどの治療効果を認めていますが、
PMDDなどの治療薬としては認可しているわけではありません。
Yaz/Beyaz(日本のヤーズ)の添付文書は、以下のようになっています。

● Prevent pregnancy.

● Treat symptoms of premenstrual dysphoric disorder (PMDD) for women
who choose to use an oral contraceptive for contraception.

● Treat moderate acne for women at least 14 years old only if the patient
desires an oral contraceptive for birth control.

● Raise folate levels in women who choose to use an oral contraceptive for
contraception.


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(翻訳)

妊娠防止

避妊に経口避妊薬の使用を選択する女性に対して、月経前不快気分障害(PMDD)症状の治療。

バースコントロールのために経口避妊薬を望む場合、14歳以上の女性の軽度のニキビ治療。

避妊に経口避妊薬の使用を選択している女性の、葉酸レベルの回復。
 

ヤーズの効能として認可しているのは避妊効能であり、
避妊ユーザーがヤーズを使用するとPMDDなどの治療効果が期待できるとしているのです。
ヤーズがPMDDなどの治療薬として認可されているなどという言説は、
事実を歪曲するものです。
ピルはPMDDや月経困難症に効果があるのに、
なぜPMDD治療薬や月経困難症治療薬として認可しないのでしょう。
それにはいくつか理由がありますが、
その中でも副作用との関係は大きな理由です。
ピルは避妊薬である限り「血栓症予防薬」としての性格を持ちます。
ピルを避妊の目的で使用するユーザーには、
メリットがデメリットを上回ります。
しかし、避妊目的なしに単に治療目的で使用すると、
デメリットがメリットよりも大きくなります。
FDAをはじめとする各国の当局が、
治療目的利用を厳しく避妊ユーザーに限定しているのは当然のことなのです。

世界の逆を行く日本の薬事行政

ピルの服用で血栓症リスクは高くなります。
そして、血栓症では死亡することもあります。
このリスクを上回るメリットがあるのは、
ピルが「血栓症予防薬」としての効果を持つ避妊ユーザーの場合だけです。
だから、世界の薬事行政当局はピルの治療効能を避妊ユーザー限定で認める姿勢を貫いています。
しかし、日本の薬事行政は世界の逆を向いています。
ルナベル・ヤーズについて月経困難症の効能だけを認め、
ご丁寧に避妊目的で使用してはならないと指示しています。
世界のピル行政の真逆を行っているのです。
そこで問題になるのが「血栓症予防薬」としての側面を捨象して、
治療専用薬としたルナベル・ヤーズのメリットがデメリットを上回るかどうかです。
月経困難症で死亡する女性はいません。
血栓症では死亡するケースがあります。
ピルを治療専用薬にするとデメリットがメリットより大きくなる、
と考えるのが世界の薬事行政です。
独自の判断をしている日本の薬事当局には説明責任があるでしょう。
行政と製薬会社の暴走をチェックするのは、専門家です。
女性の命が世界のどの国より軽く扱われている現状に、
専門家は異議や疑問の声を上げたでしょうか?
ルナベルの認可審議段階の2004年、
ピルを治療薬化するのには問題があると私は訴えました。
しかし、その後10年近く経過して誰も問題を指摘しません。
それどころか、保険が使えるピルができたなど大歓迎ムードです。
たしかに、血栓症の副作用の出る女性はごく稀です。
数が少なければ、確率が低ければ、問題ないのでしょうか?
避妊目的を持たない女性へのルナベル・ヤーズ処方に、
デメリットを上回るメリットがあるか、
それを考えるのが専門家でなくてはなりません。
日本の専門家は、「ルナベル・ヤーズの錬金術」に絡め取られてしまったのでしょうか?

ピル推進派とピル反対派に共通する思考

「命と健康のために!」
これは誰もが唱え、自らの立場を正当化するのに使われます。
かつて日本医師会や日本家族計画連盟は、
女性の健康のためにとピルの認可に反対しました。
女性の「命と健康のために!」です。
しかし、ピルが認可されない間に望まない妊娠の累々たる山が気づかれ、
その妊娠の中には血栓症を発症する女性もいたでしょう。
「命と健康のために!」の美名と現実の間には大きな落差がありました。
ピル認可直前の時期にもピル反対派の医師や市民団体が、
認可に反対する運動を行いました。
彼らは血栓症などピルの副作用をあげて、
女性の「命と健康のために!」ピルを認可すべきでないと主張しました。
彼らはピルが避妊目的で使用される時、
「ピルは血栓症予防薬」であるという側面には全く言及しませんでした。
興味深い点は、ピル反対派が反対したのはピルの避妊目的使用であり、
治療目的にピルが使用されることには反対しませんでした。
彼らの思考では、ピルの避妊目的使用では「ピルは血栓症予防薬」という側面が無視されていました。
そして今、かつての日本医師会、日本家族計画連盟、ピル反対市民団体の後継者を「ピル推進派」が演じています。
それらに共通するのは「ピルは血栓症予防薬」という観点の欠落です。
ピルは避妊目的で使用される限り「ピルは血栓症予防薬」という性格を持ち、
ピルを飲まない場合の血栓症リスクを相殺します。
ピルが避妊目的を外して使用されると、
「ピルは血栓症予防薬」の側面が捨象され、
リスクだけが残ってしまいます。
「命と健康のために!」どころではないのです。
かつてのピル反対派も、現在のピル推進派も、
「ピルは血栓症予防薬」という側面の欠落した思考で共通しています。

処方実態の検証が必要

バイエル薬品が2013年8月7日に公表した資料によると、
ヤーズ配合錠による血栓症発症率は10万人に60人となっています。(参照「ヤーズの血栓症死亡例について思う事」)
この数字について次のようにツイートしました。
ある病院サイトとは、三宅婦人科内科医院のサイトです。
同サイトには、
「日本人がピルを服用すると血栓症(深部静脈血栓症のことを指します)の頻度は、10万人あたり3~4人で、欧米人に比べて少ないです」(三宅婦人科内科医院のサイト)
と書かれています。
同サイトの数字は「NAVER まとめ」などにも引用されています。
「ピルとのつきあい方」では日本の血栓症発症率を欧米の1/3と推定し、「10万人につき1.5人から2.5人程度」になるだろうと予測しました(「血栓症の頻度」)。
三宅婦人科内科医院と「ピルとのつきあい方」の予測は、ほぼ一致しています。
両サイトの予測に対してバイエル薬品の公表した数字(60人)は数十倍というケタ違いの数字です。
欧米のピルユーザーよりも、そして欧米の妊婦よりも、
血栓症リスクが高いという驚くべき数字なのです。
数字だけ見れば即刻発売禁止になってよいほどの数字です。
ただちに、血栓症の発症実態についての分析が行われるべきだと考えます。
私はヤーズの高い血栓症発症率には、ある事情が関係しているのではないかと考えます。
日本でヤーズの血栓症発症率が高くなるのは、
ひとつに「脱ピル」の多さでしょう(参照「脱ピルと卒ピル」)。
日本のヤーズは避妊効能が認められていない世界で唯一のピルです。
避妊ユーザーには、避妊という明確な動機があります。
避妊の必要性がある限り1年でも3年でも10年でも服用を継続します。
ところが、「月経困難症」の治療薬であるヤーズユーザーが服用を継続することは、
かなり困難です。
ヤーズは生理痛が起きてから飲む鎮痛剤とはわけが違います。
服用の動機付けが難しいのです。
生理痛で病院を受診しヤーズを処方され服用を始めて3か月たち、
生理痛もなくなったとします。
喉もと過ぎれば何とやらではありませんが、
それでも毎日服用を続けることは至難です。
その結果、数ヶ月で服用を止める「脱ピル」女性が、数多く生み出されている可能性があります。
一人の女性が1年間服用すると1婦人年と数えますが、
4人の女性が3か月ずつ服用しても1婦人年です。
ピルの服用初期には血栓症発症リスクが高くなりますので、
日本では多くの女性が血栓症発症リスクの高い期間だけ服用している可能性があるのです。
2つ目の事情は年齢です。
年齢が高くなると血栓症発症リスクは高くなります。
海外ではピルは主として出産前の避妊法であり、
ユーザーの多くは20歳代です。
ところが日本のヤーズは「月経困難症」の治療薬なので、
タバコを15本以上吸わなければ年齢の高い女性にも処方されています。
さらに月々3千円ほどの負担は若年層には厳しいものがあります。
その結果、ヤーズユーザーの年令分布が高齢層に偏っている可能性があります。
本来慎重に処方されるべき年齢層にヤーズが集中的に処方されている可能性があるのです。
3つ目の事情はクイックスタートの流行です。
クイックスタートの問題については「クイックスタートの流行に思う」をご覧下さい。
クイックスタートでは内因性エストロゲンが分泌されている状態で、
ピルのエストロゲンが付加されます。
これが血栓症の発症を高めることがないのか心配です。
これらは仮説に過ぎませんが、日本のヤーズで何故血栓症リスクが異常に高いのか、
究明していく必要があるでしょう。

女性の命と健康が重んじられる日本に

ヤーズやルナベルのような治療専用のピルが作られ推奨され、
その結果が驚くべき血栓症発症率となっているのなら、
日本のピルの現状は根本的に見直す必要があると考えます。
ピルを治療薬としては認めるが避妊薬としては認めない。
これは1999年の避妊薬解禁までの日本でした。
その延長線上にあるのが、ルナベル・ヤーズです。
女性の命と健康が重んじられる国では、
ルナベル・ヤーズのような避妊薬でないピルなど認可されません。
歪んだピルにするための国策が「ルナベル・ヤーズの錬金術」を生み出しています。
ピルは避妊薬です。
避妊薬としてのピルは女性の命と健康を守るのに役立ちます。
ピルが諸外国同様に若い世代の避妊法として利用できるように、
費用を含めた環境を改善していく必要があるでしょう。
ミニピルの認可も必要です。
ノアルテン錠は海外ではミニピルとして認可されているピルですが、
日本ではこれも避妊薬として認可されていません。
ミニピルは血栓症リスクが格段に低いピルです。
薬価もルナベル・ヤーズの1/7程度です。
ノアルテン錠の活用を含めて治療目的ユーザーの代替薬を用意していくことが必要です。

(注1)

年齢など属性条件と服用条件が同じならば、
治療目的ユーザーと避妊目的ユーザーで血栓症リスクは同じになります。
避妊目的ユーザーだけに「血栓症予防」効果があるわけではありません。
避妊目的ユーザーの「血栓症予防」効果は、妊娠による血栓症リスク上昇を防ぐ仮想的「血栓症予防」効果です。
日本以外の国のピルは、この仮想的「血栓症予防」効果の考えに立脚しています。
だから、副効果の効能認可が避妊目的のユーザーに限定されているのです。

(注2)

「ピルは健康な人が飲む薬だから厳しい基準が必要」
ピル反対派が考え出した理屈です。
一応もっともな主張のようですが、間違いです。
ピルを含めて全ての薬は、メリットがデメリットを上回る必要があります。
どの薬にも厳しい基準が必要なのです。
ピルは妊娠を防ぎ、そのことにより血栓症リスクを低下させるとのメリットを無視すれば、
デメリットだけの薬だとの論が成り立ちます。
「病気でないのに薬を飲むなんて不必要なのでは?」と考えれば、
いかなる有害事象も許容できないとなります。
乳癌リスクから血栓症リスクからありとあらゆる副作用が取り上げられました。
性感染症感染が広がるというのも反対理由でした。
はては、環境に対する悪影響まで引っ張り出したのです。
このピル反対派の主張と現在のピル推進派の主張は正反対のようで、
実は同じパラダイムに立つように思えます。
ピルは避妊薬であり、妊娠を防ぎそのことにより血栓症リスクを低下させるメリットを持ちます。
ところが、ピルを治療薬と位置づけると、このメリットを持ち出せません。
そこで卵巣がんリスクを低下させるなど、
他のメリットを持ち出してきます。
卵巣がんリスクを低下させるためにピルを服用する女性がいるとは思えませんが。
「ピルのうれしい効果」がさんざん宣伝されるのは、
ピルを治療薬と位置づけるために血栓症予防のメリットを前面に出せないからのようにも思えます。
血栓症リスクを低下させるピルのメリットを無視する点で、
ピル反対派も現在のピル推進派も共通点を持っているように思えます。
薬品としてのピルのメリット・デメリットを計るメルクマールは、
妊娠によるリスクと較べてリスクは大きいか小さいです。
このメルクマールに対して異議を唱えたのが日本のピル反対派であり、
このメルクマールを無視しているのが日本のピル推進派です。
立場は逆のようで実は双子の姉妹のように似ています。

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